東京五輪開催は日本にとって最大のチャンスだ|猪瀬直樹

東京五輪開催は日本にとって最大のチャンスだ|猪瀬直樹

「オリンピック出て行け」などと叫んでいる人たちを見ると、まるで鎖国していたころの尊皇攘夷派と一緒だという気がしてならない。 コロナ禍のいまだからこそ、人間の限界に挑戦する選手の活躍から勇気をもらうことが「夢の力」につながる。  


人間は祝祭空間から明日への活力を得ている。つまり、日常性だけが世の中に存在するのではない。儀式やお祭りなども祝祭空間だ。たとえば、大阪府岸和田市のだんじりとか、福岡県の博多祇園山笠とか、青森県のねぶた祭りとか、7年に一度の長野県諏訪地方の御柱祭など。そうした祝祭空間があって日常がある。極論を言えば、たった3日か4日のお祭りのために毎日、仕事をしている人たちもいる。  

そうした祝祭空間があって、人間は縄文時代から成り立ってきた。国家にも国旗や国歌があり、天皇陛下の儀式をテレビで全国中継したり、神社に参拝したり富士山を拝んだりと、振り返ると日常は祝祭だらけと気づく。そういうものがない、ただのんべんだらりとした空間や時間はあり得ないのだ。  スポーツでいえば、選手は自分の肉体を燃やすが、観客も心を燃やす。  

いま、大リーグで活躍する大谷翔平選手の結果を気にすることはないだろうか? 僕なんかは「今日の大谷はどうなったかな。よし打った!」と毎日のように気になり、彼が活躍すると自分までも嬉しくて仕事にも力が入る。もちろん、僕は大谷選手の親戚でも友達でもない。でも、見ず知らずの大谷選手の活躍に一喜一憂する。  

オリンピックで活躍する選手も、自分の親戚とか近所の人とは限らない。もともとは見ず知らずの人。それでも日本代表というだけで応援するし、メダルを取ると嬉しい。普段は国家について考えていないにもかかわらず、自分が所属している世界を追認し、国民国家の一員であるという意識を持つ。日の丸のゼッケンをつけて走るオリンピック選手を応援してつい昂奮してしまうのは、ナショナルな心情が血肉化しているからだ。

健全なナショナリズム

興奮することは、別に後ろめたいものではないが、それがナショナリズムと呼ばれるといけないような意識になるのは、朝日新聞のようなメディアが五輪招致を否定的に報じ続けてきたからだろう。 だが、本来は親戚でも友達でもなくても一緒に盛り上がるというのは健全なナショナリズムなのだ。そうした健全なナショナリズムは国民国家にとって不可欠である。オリンピックはその健全なナショナリズムを育てる、国民国家にとって大きな意味を持つ祝祭空間なのだ。 「たかが1カ月になんでそんなに金をかけるのか」などと批判する人たちは祝祭空間について何もわかっておらず、自己認識が足りなさすぎる。  

そう批判する人たちに限って、始まるといつの間にか昂奮してお祭りに参加している。オリンピックに反対している知識人は祝祭空間における自分の姿を想像できない連中で、知識人とは到底言えない。  

コロナ禍でもテレビ中継を通じて昂奮を共有できるし、異例の状況下に置かれていても、東京五輪は生きる活力につながる祝祭空間になる。  

だが、平時の時に祝祭空間がどういう意味を持っているかを意識させることは難しい。だからお祭りを企画する実行委員会は大変なのだ。やって初めて意味がわかってもらえるため、始まるまでは「なんでやるのか」「やっても無駄だ」など批判に晒されやすい。なので実行委員会は理念やビジョンを常に持ち、説き続けなければならない。これはオリンピックに限らず様々なイベント、それこそ高校や大学の文化祭などにも当てはまることである。

誰も言わない「IOCは主権国家を超越する」

「コロナなのになぜやるのか」という批判も多いが、いまの世界の感染状況を見てみれば、日本の感染状況が特別ひどいわけではない。ワクチン接種が進んでいるアメリカでも直近1間で確認された10万人あたりの新規感染者数は38・8人、日本のそれは10・5人(7月13日厚生労働省㏋)。欧米から見れば、なぜこれだけの感染者数なのにやらないのかという疑問が出るだろう。  

IOCの委員が「緊急事態宣言が出ても大会は決行する」とか「日本の首相が中止するといっても開催する」と言ったことに対して、「IOCは主権国家に対して傲慢だ」 「不平等条約だ」と非難囂々だったが、こうした批判は前提が全く分かっていない典型例と言える。  

どういうことか。リオデジャネイロ、シカゴ、マドリード、東京の四都市で争った2016年招致では、シカゴが最有力候補地とされていた。さらに開催地を決定するIOC総会――2009年10月、デンマークの首都コペンハーゲンで開催された――に、直前になってオバマ大統領の参加が決定。この年大統領に就任したオバマ人気は世界的に沸騰しており、オバマ大統領が来ればシカゴで決まりだ、との見方で占められていた。  

ところが、蓋を開けてみると本命視されていたシカゴは1回目の投票でまさかの落選、最終的に選ばれたのはリオデジャネイロだった。 すなわち、これはIOCは主権国家を超越するということを意味している。世界的な人気者だったオバマ大統領が乗り込んできて揺さぶりをかけてもIOCは動じない。ことオリンピックに関しては開催地を選ぶのはIOC委員であって、大統領や総理大臣よりもIOC委員のほうが偉いのだ。  

1896年のアテネ大会から近代オリンピックは始まり、その間、様々な国際情勢や政治情勢が展開されてきたが、IOCはそうした政治情勢には一切左右されることなく、政治介入も許さずにきた。逆に、それを許せば国際組織として存続しえなかっただろう。「主権国家を侵害している」という批判は根本から間違っており、IOCは主権国家を超越する存在なのだ。

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