被災者に寄り添うとは|佐伯啓思

被災者に寄り添うとは|佐伯啓思

近代文明は、常に明るい未来を強迫観念的に展望し、過ぎ去った悲惨も犠牲となった死者も忘却へ押しやろうとしてきた。だが、一人一人のこころのうちから惨禍や死者の記憶を消すことはできない。


「復興」ではなく「転換」を

東日本大震災から得た教訓の最大のものは、いうまでもなく、日本が巨大地震の巣の上に立脚した災害国家だということであった。1995年の阪神・淡路大震災でわれわれはそれを思い知らされ、また今後、大地震の襲来が確実視されている。「ウイズ・コロナ」ではないが「ウイズ・ディザスター」に生きるという自明の事項にわれわれは改めて直面することとなった。  

そのことをまじめに受け取れば、科学技術の万能を信じ、経済成長と効率性を無条件に追求し、都市を膨らませ、飽食と快楽に身をやつす現代文明の突き進む方向性そのものに疑問を呈するのが当然というものであろう。「復興」ではなく「転換」が求められているのだ。  

われわれがいかに文明を進歩させたとしても、その土台となる自然と大地が動けば、この文明など一瞬のうちに破壊されかねないという認識は、われわれの関心を霊性へ向けるはずである。  

鈴木大拙は、平安末期から鎌倉にかけてのうち続く天変地異や疫病、戦乱のなかから日本人は初めて「霊性」に目覚めたというが、霊性とは、この現世における人知・人力の限界を痛感し、不条理にも失われ、慟哭のうちに諦念に達するほかない生命への愛惜から出てくるものである。一種の宗教意識といってもよいし、霊的な方向へ向けた死生観・自然観といってもよい。圧倒的に大きなものを前にした人間の卑小さの認識である。  

そして大拙は、この「霊性」はあくまで「大地」にしっかりと根差したものだ、という。それは、宙に浮いた抽象的観念ではなく、天上のかなたにいる神でもない。経済成長や生活の便利やグローバルな利益によって「大地」を離れて浮遊するものではない。自然が猛威を振るおうと、大地が鳴動しようと、われわれは、その自然と大地によって生をはぐくまれているという事実は揺るがない。人の命を一瞬で奪う自然や大地とともに、それに寄り添いつつ生きるほかない。霊性は、人の作為を超えた自然や大地の働きに随順するところに、魂の安定を見ようとする。

死者とともにある

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大地震のあと、東北の各地で不可思議な霊的現象が経験されたことを奥野修司『魂でもいいから、そばにいて』が報告している。通常は説明のつかない霊的な現象である。そして多くの場合、体験者は、この不可思議な霊的現象を通して、死者たちと再会でき、また死者たちが自分のすぐ近くにいることを知り、ようやくある安堵感をもつようである。

そういう事例を、私は非科学的だとか錯覚だとして否定する気にはならない。われわれは、死者と生者との共存、交流の仕方を失ってしまったのである。生者は、常に死者に対してある責任を持つ、というような観念も失ってしまった。生者は死者に見守られ、また生者は死者を記憶に留める、という当然の観念を見失ってしまった。そして、その生者も死者も含めて、われわれの霊性が自然と大地に包まれている、という意識である。  

近代文明は、常に明るい未来を強迫観念的に展望し、過ぎ去った悲惨も犠牲となった死者も忘却へ押しやろうとしてきた。だが、一人一人のこころのうちから惨禍や死者の記憶を消すことはできない。この記憶が残る限り、いまここに生きるわれわれは死者とともにある、という意識をなくすこともできない。  

10年たち、「復興」という掛け声によって「新しい街」が生まれても、被災者たちはこの記憶を失うことはあるまい。震災を直接経験していない者が被災者に寄り添うとは、想像のなかにおいてであれ、この記憶を共有することであろう。それは過ぎ去ったことではない。今後、いつどこに巨大災害がくるかはわからない。われわれのすべてが当事者なのである。(初出:月刊『Hanada』2021年4月号)

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