【読書亡羊】「自戒」したなら日々に生かそう――青木理・安田浩一『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』を読む

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評。


ナショナリズムのためにここまでやるのか

安田氏は〈(2002年のW杯日韓共催は)日韓が仲良くなるお祭りだった反面、ワールドカップを見てネトウヨになったという人が結構いる〉とし、その理由について次のように推論を述べている。

〈彼らは初めて生身の韓国というものをワールドカップで、いわば発見したのではないか〉

〈ワールドカップで、韓国のナショナリズムやパワーを目の当たりにすることによって、嫌韓の波が起きてきた〉

実はこの文言自体は正しいのだが、その後の解説には若干の疑問を差し挟みたい。安田氏は続けて、「極東の小国に過ぎないと日本が軽視してきた韓国」が、W杯ではベスト4に入るなどサッカーも日本より強く、インフラもエンタメも日本より上だと知ったから、鬱屈が表面化したのでは、と説明している。

確かに当時、日本人は韓国の生身のナショナリズムを目の当たりにしたのだが、それは「韓国の方がW杯の成績が良かったから」というだけではない。W杯日韓共催を通じて日本人が目の当たりにしたのは、韓国チームがアンフェアな試合運びを意図的に展開していたことではなかったか。

今もって語られるのは、ベスト16を決める韓国対イタリアの試合だ。どう見てもおかしな主審のジャッジ。ラフプレーでは済まされない韓国側の選手の〝攻撃〟。負けたこと以上に、まともに試合をさせてもらえなかったイタリア選手やイタリア国民の怒りは、20年近くたった今でも折に触れ噴出している(参考記事下記リンク)。

ナショナリズムのためにここまでやるのか。W杯が嫌韓の波の発端のひとつとなったのにはこうした理由があったのだが、安田氏は触れていない。

ここに嫌韓を巡る大きな問題がある。韓国側の振る舞い自体もさることながら、明らかな韓国側の問題を指摘しないメディアや識者のアンフェアさが「嫌韓」を生む土壌になったことも事実である、ということだ。

「朝鮮総連に押されていたメディア」との証言

しかも、そうした作用については、本書で青木氏が指摘してもいる。

青木氏は日朝会談以前の報道の現場の感触として〈日朝首脳会談以前のメディア界には北朝鮮への直接的批判がはばかられるような雰囲気もありました〉〈多くのメディアも朝鮮総連に気圧されて報道も自制気味な面が間違いなくあった〉とし、「(メディア人として)自戒が必要だ」と述べている。

これはかなり重要な指摘だ。青木氏も安田氏も、「そのあとのバックラッシュとしての北朝鮮、ひいては韓国を含む朝鮮半島への嘲笑・批判」がヘイト的なまでの嫌韓に発展したことを、本書を通じて批判しているのだが、少なくとも青木氏自身は、こうした「嫌韓の高まり」の原因の一端が「自制していたメディア側の問題」にあることを認識しているのだ。この点も全く同感ではある。

全てのヘイトの責任をリベラルメディアに押し付ける「保守側の自責点ゼロ理論」を展開するつもりはないが、同感するだけに、ではこの「自戒」を青木氏は普段の言論活動にどう生かしているのか、と問いたい。というのも、これも本書でも触れている2019年のソウルでの韓国人男性による日本人女性への暴行事件をめぐる経緯があるからだ。

この時、青木氏は「本来ならメディアが報じない程度の事件が大きく報じられたことで日韓関係に悪循環が生じている」と述べて猛反発を受けたという。

しかし「メディア側の自制があったところに、ある事件をきっかけにして嫌韓がバックラッシュ的に噴出した」ことを知っている青木氏なら、すでに報じられた暴行報道に関するこのコメントが「バックラッシュを煽るもの」にしかならないことにも気づけたのではないか。

実際、この発言で「悪循環」に「さらなる悪循環」が生じることになった。

せっかくの「自戒」はぜひ生かしていただきたいものだ。

お二人の言う「濁流」を「清流」に変えるためには、リベラル派による保守批判「だけ」では達成できない。本書はそう考える下地にもなるはずだ。

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