相手を利用し騙す、それだけ
今回の本欄は、中国外交の話をする。「外交」とは何かとなれば、おそらく多くの日本人はまず、相手国との「友好」や「親善」などを思い浮かべるであろう。しかし中国には、このような考え方を持つ人間はほとんどいない。中国と中国人にとって、外交とは要するに利用と騙しである。相手国をいかに利用して自国の利益に資するか、利用するために相手国をどう騙すか、それだけである。
その際、「友好」も「親善」も、単なる相手を利用したり騙したりするための便宜であって、本心からのものでは決してない。自国の利益の増大や覇権の達成こそが本心であって、不変の目的なのである。
相手を利用し騙したりするのにどうすればよいか。そのために生み出されてきたのが、さまざまな老獪なる外交戦略と戦術である。
たとえば、いまから二千二百数十年前の中国史上の戦国時代に、「合従連衡」という高度な外交戦略が生まれた。当時、中国大陸には「戦国七雄」という7つの国が並立していたが、そのなかで一番の軍事大国、秦国は虎視眈々と他の国々への侵略を目論んでいた。そこで、他の6カ国が連携して秦国の侵略に対抗したのが「合従」という戦略である。
一方、秦国がこれを破るため遂行したのが「連衡」という戦略である。6カ国のなかの一つか、あるいはいくつかの国に「親善姿勢」を示し「友好関係」を結ぶことによって、6カ国の連携を離間させたり瓦解させたりするのである。
その際、秦国が連衡の対象国に対してとる態度は、後世に生まれた四字熟語の「笑裏蔵刀」そのもの。「それらの国々をいずれ全て滅ぼしてやろう」という本心を覆い隠し、笑顔満面で相手と友好関係を築くのである。このようなやり方で秦国は、魏や趙や韓などの近隣国を次から次へと「友好国家」にしていったのである。
しかしある日突然、秦国は「友好」の仮面をかなぐり捨てて、「友好関係」のあった近隣国に軍事的侵略を行っていく。その際、秦国がとるもう一つの戦略が「各個撃破」である。一度に一つの近隣国だけを標的にして力を集中して攻め込み、あっという間にそれを滅ぼす。もちろん、このかつての「友好国」を侵略している途中では、他の国々との「友好関係」をできるだけ保っておく。そして、その時に高みの見物をしていた「友好国家」も、いずれ秦国の餌食となるのである。
秦国は「笑裏蔵刀」と「各個撃破」という二つの手法を使い分け、最終的に6カ国の連携を破り、各国を次々に滅ぼしていった。秦国の「友好」や「親善」を信じていた各国の王たちが、自分が完全に騙されたと悟った時は、大抵自国の首都が陥落する寸前であった。
習近平は必ず尖閣を奪いに来る
現在の中華人民共和国も、こうした外交戦略や戦術の老練な使い手である。建国後の1950年代、朝鮮戦争への参戦でアメリカと敵対関係となった時、中国は旧ソ連を中心とした社会主義国家群と連携していた。60年代に旧ソ連との関係が徐々に悪化すると、70年代の初頭に一転、アメリカとの関係を改善して日本との国交正常化をはかり、日米と連携してソ連に対抗する戦略をとった。戦国時代から2000年以上が経っていても、「合従連衡」は依然として中国外交の基本なのだ。
80年代に鄧小平の時代が始まると、鄧小平は西側諸国の資金と技術を利用して中国の近代化を図るために、「韜光養晦」(才能を隠して、内に力を蓄える)という言葉を持ち出して中国外交の新方針に据えた。それに従って中国は、まさに「笑裏蔵刀」のやり方で、アメリカや日本などの諸先進国に対する八方美人外交を展開していった。もちろん、それは単なる利用のための騙しであって、中国外交の基本は不変である。
鄧小平の韜光養晦と八方美人外交は大きな成功を収めた。中国はこれにより数十年間にわたって経済成長を続け、国力を飛躍的に増大させた。そして、2012年秋に習近平政権となると、自信をつけた中国は「韜光養晦」を無用の長物として捨て、かつての中華帝国の復活を目指した「民族復興」を旗印にして、力の論理に基づく強硬外交を展開することになる。
彼らはまず、南シナ海での軍事拠点化を完成させてから香港に対する政治的支配を進め、今後は台湾に標的を定めていく。絵に描いたような「各個撃破」戦略の展開である。もちろん、台湾を手に入れた暁には、習近平中国は必ずや日本固有の領土である尖閣諸島を奪いに来る。日本は「日中友好」という名の笑裏蔵刀に二度と騙されてはならないし、かつて秦国に滅ぼされた魏や趙の国々の二の舞は何としても避けなければならない。
いまこそわれわれも、自国の防衛力を増強しながら、それこそ世界の有志連合との「合従連衡」を展開することによって、中国の侵略からアジアと世界の平和を守るべきである。(初出:月刊『Hanada』2021年5月号)