ハーバード大学のマーク・ラムザイヤー教授が書いた戦時中の慰安婦に関する学術論文「太平洋戦争における性サービスの契約」が批判されている。同論文はオランダの出版社エルゼビアが発行する国際学術誌インターナショナル・レビュー・オブ・ロー・アンド・エコノミクスのインターネット版で公開され、3月に出版される印刷版にも掲載が予定されていた。ところが、報道によると、同誌が出版の時期を遅らせ、一部学者らの批判に対する反論執筆をラムザイヤー教授に要請したという。
理不尽な撤回要求
ラムザイヤー論文への批判には、学術的な相互批判で最低限守るべき条件(相手の人格を尊重すること、議論を学術的な内容に絞ること、批判はあくまでも個人の責任でなされることなど)が欠如するものが多い。
学術的議論をするためには、まず、相手の論文が引き続き公開されていなければならない。ところが、多数の学者が数の力で論文の撤回を求める署名活動をしている。学問の発展を阻害するといわざるを得ない。批判があるなら学者らしく自分の名前で発表すべきだ。多数決で真理を決めることはできない。
慰安婦は性奴隷ではなく、契約に基づく公娼だということを前提に契約の内容を理論的に分析したラムザイヤー論文への批判は、契約書の存在を証明できていないことに焦点を絞っている。しかし、紙に書かれた契約書が存在しない契約は多数ある。いや、当時の日本と朝鮮では口頭の契約が主流だった。
朝鮮での慰安婦募集の新聞広告や慰安所帳場人の手記を見れば、業者から慰安婦本人か親に多額の前渡し金が払われ、その借金を返せれば慰安婦は廃業して帰国できたことが分かる。返済を終えた後、あるいは返済をしながら故国の家族に多額の送金をしていた慰安婦がいたことも、預金通帳や手記などで明らかになっている。韓国人の元慰安婦、文玉珠氏は2万6000円を預金し、5000円を送金した。ある台湾人慰安婦は2万4000円を送金した。当時1000円あれば、朝鮮や台湾では家を一軒買えた。
人身攻撃やめ学術的討論を
ラムザイヤー論文への批判の多くは、慰安婦が契約関係により売春を行う公娼でなく、人格を否認され所有の対象とされる性奴隷だったという前提に立っている。しかし、慰安婦は性奴隷ではなく公娼の一部だと主張する学者は、この問題の権威である秦郁彦氏や日韓でベストセラーになった「反日種族主義」の著者李栄薫氏をはじめ、日本と韓国に多数存在する。日本政府も公式に性奴隷説を否定している。
慰安婦=性奴隷説は学界の定説ではないのだ。だから、ラムザイヤー論文も学界における一つの学説として存在価値が十分にある。求められるのは学術的討論であって、論文撤回要求や人身攻撃ではない。(国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)