“太平の眠り”から醒めない日本人
大混迷の米大統領選は、私たちに何を教えたのか。12月2日、憲政記念館での「国会に憲法改正論議を求める! 国民集会」に参加した私は、そんなことを考えていた。
コロナで大打撃のはずの中国が逆にウイルスと共に世界を侵略し、民主主義の本家・米大統領選まで破壊。しかし、全体主義が世界を覆い始めているというのに、日本人は未だに“太平の眠り”から醒めることもない。
このままでは日本は滅ぶ──そんなことを考えていたらスピーチの順番が巡ってきた。私は、そのままこんな話をさせてもらった。
「昨日、2030年まで中国やロシアの巨大な脅威に対する同盟国の行動指針を提案する『NATO(北大西洋条約機構)2030』が発表された。そこで最も多くのページを割いて強調されていたのは中国の脅威だ」
「NATOはソ連の軍事的脅威と対峙し、集団的自衛権を使って抑止力を強化した。加盟の一国にでも攻撃してきたら、全体への攻撃とみなし、全体で反撃するというものだ。NATOはこの抑止力によってソ連の介入と攻撃を未然に防ぎ、国民の命を守ってきた」
「冷戦が終わって中国の台頭で“新冷戦時代”となった。2049年までに世界の覇権を奪取すると広言する中国によって“最前線”はヨーロッパから東アジアに移った。しかし、私たちは未だに“アジア版NATO”である環太平洋・インド洋条約機構さえ持っていない。それは日本が憲法の制約で未だに集団的自衛権を保有できないからだ」
「私たち、そして子や孫、その先……国民の命を守るために憲法改正で集団的自衛権を獲得し、抑止力を高めて中国の“力による現状変更”を止めなければならない。日・米・豪・印のクアッドを基軸に、多くの国の参加を得てアジアの平和を守ることが必要。それが私たちが生き残るための唯一の道だ」
私はそんなスピーチをして、「なぜこのことを国民に訴えないのか」と、出席していた与野党の政治家たちを叱咤した。
米大統領選でわかったのは、もはやアメリカの民主党さえかつての姿を失い、アンティファやBLMといった左翼暴力集団に引っ張られて「先鋭化」していることだ。かつての民主党とは似て非なるものになったことに、背後で中国が関わっているとの指摘は枚挙に遑がない。
だが、唯一の同盟国であり、日米安保条約により日本に平和をもたらしてくれたアメリカの変貌にも、日本人は関心がない。自分たちの命の危機に気づかないのだ。
アジア版NATOの構築を
米ソ超大国が対峙した冷戦時代。ソ連が敗れ去ってロシアが誕生し、アメリカ一強時代が訪れた時、自由主義陣営は「自由と民主主義が勝利した」と疑いなく信じ、安心しきっていた。
6000万人もの犠牲者を出した第二次世界大戦の「戦後秩序」が維持されたと思い込んだのだ。だが、その戦後体制を破壊するモンスターが現われた。
中国である。仮面をかぶり、長く衣の下に鎧を隠してきたこのモンスターは、力による現状変更への批判をものともせず、国際社会に挑戦し、同時にそれぞれの国の内部に浸透し、中国共産党による世界支配に突き進んでいる。
「アヘン戦争以来の“百年の恥辱”を晴らし、“偉大なる中華民族の復興”を果たす」という目的のために軍事力を膨張させ、周辺国に露骨な圧迫をくり返しているのだ。
「戦後秩序などという欧米の論理になぜ従わなければならないのか。われわれは、誇りを持って中華を中心とした“華夷秩序”を取り戻すのだ」という彼らの論理は恐ろしい。
時が経てば状況は変わる。国際情勢は特にそうだ。最も大切な国民の命と領土を守るために各国は憲法を改正し、法律をつくり、叡智を結集して“来たるべき危機”に対処してきた。
『NATO2030』にもその鉄則は貫かれている。日本と同じ敗戦国であるドイツは戦後、憲法を六十三回も改正し、隣のフランスも、すでに27回も改正している。
しかし、自分の命を米国に丸投げしてきた日本では、国際情勢の激変を前にしても、憲法を改正する気運さえ感じられない。いや、国民が憲法改正の意思を表示することを許されたことさえ“皆無”なのである。
冷戦下では、ただアメリカに寄りかかり、日米安保条約に頼っていれば、なんとか命は守れた。私自身も、憲法改正の必要性を感じてはいなかった。
だが激変する世界情勢がその“常識”を一変させた。アメリカ自体が中国の掌中に入るかもしれない時に、これまでの防衛策だけでは、とても「足りなくなっている」のは明らかなのだ。
日本は国民的議論のもとに憲法改正で集団的自衛権を獲得し、アジア版NATOを構築しなければならない。抑止力によって中国の“力による現状変更”を止めなければならないのである。いでよ、救国の政治家──。
(初出:月刊『Hanada』2021年2月号)