曖昧外交の基は「吉田ドクトリン」|田久保忠衛

曖昧外交の基は「吉田ドクトリン」|田久保忠衛

日本政府はなぜ事ここに至ってもなお中国の顔色ばかり窺うのか? 今から23年前、「ユーラシア大陸で大国へのし上がるのは中国だ」と正確な予想をしたズビグニュー・ブレジンスキー教授が指摘した日本への警告。このままでは喜劇が悲劇になる!


今から半世紀ほど前に、英誌エコノミストが日本の外交を「柔道外交」と形容し、ちょっとした話題になった。日本外交は押されれば引き、引かれれば前に出る。自分の余計なエネルギーを使わずして、相手を疲れ果てさせる。悪く言えば、外交で原理・原則は二の次、三の次にする好ましくない典型、という響きが込められていたように思う。

中国に腰が引ける日本

Getty logo

民主主義、法治主義、人権主義といった普遍的価値観を共有する国と共に、断固として態度を明確にしてもいいと思うが、日本は常にスッキリしない態度を残している。例えば中国が昨年来、香港の自由化を弾圧してきたことに対する日本の態度だ。

香港の自由を無視する国家安全法導入を決めた中国に対して、トランプ米大統領は香港に与えてきた経済上の優遇措置を撤廃すると同時に、新型コロナウイルスをめぐって中国寄りの対応をしたとして世界保健機関(WHO)からの脱退を宣言した。

桜の満開のころには習近平中国国家主席の国賓としての訪日が実現し、宮中で盛大な歓迎宴が開かれるはずだったが、コロナウイルスの大流行で訪日は延期になった。仮に訪日が実現していれば、米中関係が最悪の時期に、対中政策をめぐって重要な同盟国である日米間に足並みの乱れが生じたと受け取られても不思議はなかったろう。

原理・原則にこだわり、弾力性のない外交を展開して通用するわけがないのは、誰が考えても当然だ。外交にゆとりがあれば、駆け引きの中で当事国双方の狙いが絞られてくる。しかし、香港のようなイデオロギー色の濃い問題は、曖昧な態度を残してはいけないのではないか。にもかかわらず何故、日本政府の腰は引けているのか。

日本人には、論争や相手の感情を逆なでするのを好まない性向がもともとあるのか。あるいは、地政学上、中国と周辺国の間に存在するコンプレックスのせいで、絶えず中国の顔色を窺うかがう習性が身に付いているのか。

ブレジンスキー氏の慧眼

Getty logo

23年前に、「ユーラシア大陸で大国へのし上がるのは中国だ」と正確な予想をしたズビグニュー・ブレジンスキー教授は、日本が大国となる資格を持ちながら、それが不可能なのは、米国に安全を保障してもらっている日米安保条約があるからだとのジレンマを指摘し、結局、日本を支配しているのは軽武装・経済大国重視の「吉田ドクトリン」だと見破っている。その内容は、経済発展を最重要課題とし、防衛は最小限にとどめて国際的な武力紛争に関与せず、安全を米国に依存し、外交ではイデオロギーを排除して国際協調に努める、の4点だという。

ブレジンスキー氏の分析は見事だ。以後、国際情勢の局面は大きく回った。しかし、それでも憲法に一指も触れず、対外的に当たり障りのない発言を繰り返す。喜劇は悲劇にならないだろうか。( 2020.06.01 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

田久保忠衛

https://hanada-plus.jp/articles/399

国家基本問題研究所副理事長。1933年千葉県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、時事通信社に入社。ハンブルグ特派員、那覇支局長、ワシントン支局長、外信部長などを務める。1992年から杏林大学で教鞭を執る。法学博士。杏林大学名誉教授。専門は国際政治。国家基本問題研究所副理事長。美しい日本の憲法をつくる国民の会共同代表。著書に『戦略家ニクソン』『激流世界を生きて』『憲法改正、最後のチャンスを逃すな!』など多数。

国家基本問題研究所「今週の直言」
国家基本問題研究所「入会のご案内」

関連する投稿


ボルトン回顧録に見る米朝関係|島田洋一

ボルトン回顧録に見る米朝関係|島田洋一

話題のボルトン回顧録で明らかとなった米朝交渉の実態と日本への警鐘


無数の人命を危険にさらすイージス・アショア停止|太田文雄

無数の人命を危険にさらすイージス・アショア停止|太田文雄

イージス・アショアの計画停止で、敵ミサイル迎撃の核となるイージス艦の乗員の負担が増せば、人員がただでさえ不足していることに加えて退職者が次々と出て、即応態勢にヒビが入るであろう。ブースターが落下する問題と国の安全保障とどちらが大切か、政治家に重い問いが突き付けられている。


北朝鮮の第2の首領になった金与正氏|西岡力

北朝鮮の第2の首領になった金与正氏|西岡力

北朝鮮専門家を驚かさせた「金与正談話」。金与正氏は今、南北連絡事務所爆破に続く軍事挑発を軍に検討させている!


日本の知略で「手負いの龍」を抑え込め|湯浅博

日本の知略で「手負いの龍」を抑え込め|湯浅博

対中抑止の最前線にある日本は、今回のコロナ危機で「中国離れ」が顕著な欧州、東南アジアを巻き込む戦略的機会を迎えている。軍事力はないが、知略を巡らして超大国を動かす時だ。日本の知略を発揮できるかは安倍政権の力量と柔軟性にかかっている。


憲法審査会は国会の閉会中審査で遅れを取り戻せ|百地章

憲法審査会は国会の閉会中審査で遅れを取り戻せ|百地章

野党の反対で、今国会において憲法審査会が開かれたのは衆議院のわずか1回。サボタージュを続ける審査会のために、衆議院では毎年約2億円、参議院でも約1.6億円の国民の血税が支出されている。これこそ無駄遣いの極みであり、国民はもっと怒るべきだ。責任は、不甲斐ない与党、自民党にもある。


最新の投稿


自称元慰安婦と悪徳活動家集団の正体|山岡鉄秀

自称元慰安婦と悪徳活動家集団の正体|山岡鉄秀

“詐欺師”と“詐欺師”の痴話喧嘩で、積もり積もった嘘と不正がついに噴出!元慰安婦支援団体「挺対協(現・正義連)」とはいったいどんな組織なのか。北朝鮮との関係、日本社会党との秘密会談、「挺対協」結成の経緯が改めて明らかに。銭ゲバたちによる“慰安婦像ビジネス”はもう終わりにすべきだ。


The identity of an organization dealing with the Korean comfort women issue |Tetsuhide Yamaoka

The identity of an organization dealing with the Korean comfort women issue |Tetsuhide Yamaoka

The shameful identity of "the Korean Council for the Women Drafted for Military Sexual Slavery by Japan"is now revealing itself through the disgraceful infighting between Ms. Lee Yong-soo, a self-proclaimed former comfort woman, and Ms. Yoon Mi-hyang, the former representative of the Council.


私の映画遍歴|秋山登

私の映画遍歴|秋山登

本誌で毎号映画レビューを連載していただいている、映画評論家の秋山登さん。新型コロナウィルスの影響で映画館は閉鎖、試写会もめっきり減ってしまい、新作レビューができないので、今回は『Hanada』プラスで秋山さんにご自身の映画遍歴を語っていただきました!


“足立議員のいう「辻元清美の疑惑」はすべてデマ”こそ悪質なデマ|足立康史

“足立議員のいう「辻元清美の疑惑」はすべてデマ”こそ悪質なデマ|足立康史

隣の選挙区=大阪10区の辻元清美議員は、そのHPの「デマについて」に、「足立議員のいう「辻元清美の疑惑」は全てデマ」というデマを掲載しています。しかし、この辻元氏の説明こそデマなのです!!!


ボルトン回顧録に見る米朝関係|島田洋一

ボルトン回顧録に見る米朝関係|島田洋一

話題のボルトン回顧録で明らかとなった米朝交渉の実態と日本への警鐘