戦いに勝つには敵を知らなければならない。北朝鮮は国連経済制裁とコロナウイルス対策による国境封鎖で経済的困難が深まる中、最高指導者の金正恩氏の健康不安が深刻化し、妹の与正氏への権力委譲が進んでいる。6月4日、与正氏が党第1副部長の肩書で談話文を公表し、韓国にいる脱北者が北朝鮮へ風船ビラを送ったことを口汚く罵り、それを黙認した韓国政府に南北連絡事務所の閉鎖や南北軍事合意破棄もあり得ると脅した。
5日には、党の工作機関である統一戦線部が代弁人談話を出し、与正氏が同日、談話文で指摘した内容を実行するための検討に入るよう指示を出したことを明らかにした。
唯一指導体制を掲げる北朝鮮で「指示」を出せるのは首領である金正恩氏だけのはずだ。与正氏が金正恩氏と文在寅韓国大統領の合意内容の破棄を検討する指示を出したと公表されたことは、与正氏が首領並みの権力を持っていることを公表したということだ。最近、与正氏は金正恩氏に代わって「1号批准文書」に署名しているという。1号とは首領を意味し、党、軍、政府の全ての事業は「1号批准」がなければ実行できない。また、作家、芸術家らに5月下旬、作品の中で与正氏のことを「党中央」と表記せよとの指令が下ったという。
与正が拉致問題をどの程度認識しているのか、日本との関係改善に対してどのような考えを持っているのか、そして、めぐみさんたちが今どこに監禁されているのか、日本政府はまずその情報を入手して戦いに臨んでほしい。(2020.06.08 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)
著者略歴
モラロジー研究所教授、麗澤大学客員教授。1956年、東京生まれ。国際基督教大学卒業。筑波大学大学院地域研究科修了(国際学修士)。韓国・延世大学国際学科留学。82〜84年、外務省専門調査員として在韓日本大使館勤務。90〜02年、月刊『現代コリア』編集長。05年、正論大賞受賞。17年3月末まで、東京基督教大学教授。同4月から、麗澤大学客員教授・モラロジー研究所「歴史研究室」室長。著書に『でっちあげの徴用工問題 』など多数。