山口氏の主張が真実であることは証明され得ないが、伊藤氏の主張が全くあり得ないものだということに限っては断言できるのである。
伊藤氏によれば、5時過ぎに強姦に気付いた彼女はバスルームに逃げ込んだという。彼女は「ヒゲそりなどの男性もののアメニティが、広げられた小さなタオルの上に、いやに整然と並んでいた」と書いている。
ところが、まさにそのすぐ上にはフロントに通じる電話機が壁にかかっているのである。
彼女は都合の悪いことがあると、全て混乱していたから覚えていないという。だが、アメニティの並び方に気付くほど意識がしっかりしていた彼女が、バスルームの目立つ場所にある電話機に気付かないことがあり得るだろうか。
ドアの外には“凶悪犯罪者”がいるのである。伊藤氏の証言では、山口氏はドアの鍵をこじ開けようとはしていない。ならば、普通、鍵をかけて籠城して動かないというのが最初の選択ではないだろうか。
外にいるのが出刃包丁を持った傷害犯人だと仮定すればいい。誰がそこに再びのこのこ出てゆくだろう。
最初は動転してどう対処するかに迷っても、少し冷静になれば事態が理解され、室内の様子も分かってくる。その時、必ず気付くのが電話機であるに違いない。
そこで彼女がフロントに通報すれば事はそれで終わり、山口氏は現行犯逮捕されただろう。
ところが、伊藤氏はバスルームのドアを開けたというのである。
すると、そこには山口氏が待ち構えており、彼女を引きずり出して再びベッドに押し倒し、「抵抗できない程の力」で彼女を抑えつけ、膝を強引にこじ開けて再び性交に挑もうとした。
伊藤氏は必死で抵抗し、その結果、「凄い衝撃を受けて、膝がずれている。手術は困難だし完治まで長い時間がかかる」と医師に言われるほど膝を痛めたという。
性獣と化した男が「抵抗できない程の力」で膝をこじ開けようとしていたが、伊藤氏はそれを防ぐことができるほど気丈だったということになる。逆に言えば伊藤氏は、この時、心神耗弱状態ではなかった。
なぜ、助けを求めなかったのか
では、ベッド上でそこまで超人的な抵抗力のあった伊藤氏が、なぜバスルームからベッドに引きずられる時は無抵抗だったのか。
バスルームは入口ドアのすぐ横であり、道幅120㎝だ。以下、私独自に実地検証し、動画も撮ったが、ドアから至近のこの狭い空間で抵抗すればドアにも当たり、壁にも当たる物凄い音が響く。隣室の客は騒音でたたき起こされなかったのか。
心神耗弱状態なら声が出なかったろうが、伊藤氏は充分な抵抗能力があった。
助けを求めて叫べば、ドアの外に筒抜けだ。実験では、バスルームを出た場所でやや大きめの声を出しただけで廊下の騒音値は55デシベルと、通常会話レベルに達する。助けを求めて絶叫すれば、廊下中に響き渡るだろう。
強姦魔の手をすり抜けてバスルームに逃げ込む判断力があり、アメニティの様子に気付くだけの注意力があるのに、電話機も使わずに再びドアを開け、ベッド上で凶悪犯の暴力を撃退するほどの気力を保っているのに、叫びも上げず物音も声も立てずに、ベッドまで引きずられた。
あまりにもちぐはぐではないか。
一方、伊藤氏の証言を山口氏側に立って考えるとどうか。
バスルームには電話機がある。山口氏は、まず通報されることを恐れなければならなかったはずだ。普通の女性なら当然そうするからだ。裸で獣欲を漲らせた姿のまま現行犯で踏み込まれれば破滅である。踏み込まれた時の用心のために、猛スピードで着衣するのが普通だろう。
ところが伊藤氏によると、この期に及んで山口氏はバスルームの外で待ち構えており、激しい暴行を働いたというのである。
山口氏は当時、同ホテルを頻繁に使っており、熟知している。同ホテルは早朝に新聞を各部屋に配布する。しかも、氏の投宿していた233号室は、中央エレベーターから2部屋目のうえ、数メートルの至近距離に朝6時半から営業を開始するラウンジがあり、従業員室もある。5時台には従業員の行き来が始まる。入口ドア近くでの叫びや暴行の物音は外に筒抜けだ。
しかも、伊藤氏が逃げ込んだと主張するバスルームには電話機がある。
もし山口氏が悪質な漁色家だったとしても、こんな悪条件が重なるなかで、全裸で待ち構えて再びベッドに引きずり込み、暴力を振るって強姦するなどという自殺行為に走る必要がどこにあるのか。
(つづく)