アナウンサー:「反省」という言葉は、1994年の村山総理から2012年の野田総理まで19年連続で歴代総理の式辞に盛り込まれた言葉です。しかし2013年、第2次政権で安倍総理が使うのをやめ、菅総理、岸田総理も使いませんでした。石破総理は今回、その「反省」の文言を復活。その意図について問われると…
石破総理(VTR):私は反省の上に教訓があるというふうに思っております。あのような戦争を二度と行わないために、その反省と教訓を改めて胸に刻む必要がある。
アナウンサー:追悼の式辞に込めた総理自身の思い。ただ、もともと戦争にまつわるメッセージとして注目されていたのは、終戦の日に合わせた「総理談話」。戦後50年以降、10年ごとに時の総理が発表してきましたが、石破総理は「80年談話」を見送ったのです。一体、なぜなのでしょうか。
朝日新聞と毎日新聞をはじめとする日本の左派メディアは、1994年の村山富市首相以来、式辞で使用してきた「反省」という言葉を、2013年の第二次安倍政権以来使用しなくなったことを問題視しており、永遠に「謝罪外交」を続けること求めています。
彼らは、石破首相が「反省」という言葉を使用した点については一定の評価を与えていますが、石破首相が加害責任に触れなかった点については強く批判しています。

戦後80年の節目に「首相談話」を見送ったことは、歴史の教訓を世代を超えて継承する責務にもとるものだ。 戦後の国際秩序が大きく揺らぎ、日本政治の先行きも不透明さを増している。今ほど過去を直視し、平和国…

社説:「終戦の日」談話見送り 首相は反省と教訓明示を | 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20250816/ddm/002/070/059000c先の大戦に対する反省と教訓を明確に示し、再び惨禍を招かない決意を内外へ発信する機会とすべきだった。 石破茂首相が、戦後80年の終戦の日にあたっての談話発出を見送った。1995年の村山富市首相による戦後50年談話以降、10年ごとに出されてきた。
ここで、日本国民の代表である日本の首相が過去の戦争について、いつまでも反省して謝罪し続けることには合理性がありません。
なぜなら、国家賠償もすべて終わっているなか、現在の日本国民には当時の戦争の加害責任が全くないからです。もしも責任があるというのであれば、それは「罪人の子は罪人」という血縁を根拠にした重大な人権侵害です。
実際、天皇陛下の式辞も石破首相の式辞も自ら反省するものではなく、過去の反省の上に立ったものです。天皇陛下は式典において「深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い」と述べられましたが、この「反省」は明らかに「戦争当事者の反省」という意味です。
また、石破首相の「あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばなりません」の「反省」も「戦争当事者の反省」という意味です。もちろん、国民が「戦争当事者の反省」の上に立つことは、過去の教訓を活かすことになり、合理的といえます。