【読書亡羊】出会い系アプリの利用データが中国の諜報活動を有利にする理由とは  『トラフィッキング・データ――デジタル主権をめぐる米中の攻防』(日本経済新聞出版)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


フィットネスアプリで米軍の活動が露呈

本書はかなり専門的な内容を含むので、ここでは具体的な事例を紹介することで、中国に情報を握られることの怖さを示したい。
まずはGrindrというソーシャルネットアプリだ。LGBTQ+のためのいわば「出会い系アプリ」だが、〈地球上のほぼすべての国の、あらゆる場所で、位置情報技術を……利用する数百万人ものデイリーユーザー〉を要し、性的少数者である利用者のごくプライベートなやり取りを位置情報とともに記録している。このアプリの運営会社を一時的に買収したのは北京クンルン・テックという中国系の企業だ。

〈2016年から2020年にかけて、Grindrは、HIV感染状況や性的指向から共有画像・動画にいたるまで、ユーザーに関する幅広い個人データを収集した〉

そしてその情報は、中国のサイバーセキュリティ法に従い、中国で運営されるサーバーに保存されることが義務づけられていたのである。そのデータは当然、中国当局が利用することができる。

そして本書では、こうしたデータがどのように使われるかについて、以下のように指摘する。

GrindrのHP

Grindrの問題はより大きな懸念を示している。米国政府内における、職員に差別的な環境を作り出す政策や慣行は、中国に諜報活動の隙を与えるということだ。

歴史学者でバイデン政権の国家安全保障会議中国担当ディレクターのジュリアン・ゲワーツとコミュニケーション学者のモイラ・ヴァイゲルは、LGBTQ+の政府職員の機密データがもたらすリスクは、すべての米国政府職員がソーシャルプラットフォーム上で生み出すリスクを浮き彫りにしていると指摘する。

セキュリティ・クリアランスのデータが出会い系のアプリのデータと結びついたときに作り出す有用情報のモザイクは、特に顕著な例である。

若干ややこしいが、つまりはこういうことになる。

米政府のセキュリティ・クリアランスを突破し機密情報を知ることのできる立場にいる高官の中に、アプリに登録のある性的少数者がいた場合、中国がアプリ登録者のデータを使うことによってその人物を特定・把握できる可能性が高いということになる。

米政府の機密を持つ人間が中国から「性的少数者であることが職場でバレたら、あなたは今の地位を失いますよ」「恋人との動画などのやり取りを公にされてもいいのですか」などと脅されたとしたらどうなるか……という話だ。

プライバシーが保たれていると信じて使っているアプリのデータが、ユーザー同士のメッセージから病歴までを含め中国に一手に握られているとしたら、こんな悪夢はないだろう。

また、この事例はデータのかけ合わせによって、国家の安全保障を揺るがしかねない重大な価値を生むものになりうることを示してもいる。

あるいはStravaというフィットネスアプリは、デバイスの位置情報を追跡する能力を持っているが、アプリの使用頻度が低い国に派遣された米軍人が派遣先でデータをアップロードしたために、「そこに米軍が存在する」ことが明らかになってしまったという。

これなどはより「単純な」問題だが、一人一人のユーザーの行動が国家安全保障上の問題に直結するという点では重大である。

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