パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが、民主主義国家イスラエルに対して卑劣な大規模の奇襲攻撃を行った事件だ、と正確に理解する必要があると思う。
ハマスの背後にイランと中露
ハマスが事前にイランと協議し、承認を得て実行に移された、と一米紙が事件翌日に報道して世界を驚かせたが、その後サリバン米大統領補佐官は「広い意味でイランはこの攻撃の共犯者だと我々は最初から述べている」と語った。関係者にとっては当たり前の事実だというのだ。「イランはハマスの軍事部門に資金を提供し、訓練を施し、実力を付けさせた」と同補佐官は付け加えた。ただ、今回の事件にイランがどう関わったかは現時点で確たる事実が分からないから、分かり次第明らかにすると記者団に約束している。
その通りだろう。ロシアのウクライナ侵攻は事前に米国が情報をつかみ、ウクライナ側に伝えたが、ゼレンスキー大統領らウクライナ首脳が信用しなかったという。今回のハマスによる攻撃を米側が知らなかったことをサリバン発言は物語っている。世界に名高いイスラエルの情報機関モサドも役に立たなかった。西側情報機関全体の惨憺たる失敗と言っていい。
事件と呼吸を合わせたかのように、1カ月前の米誌フォーリン・アフェアーズ電子版が「イランの新しいパトロン」と題する論文を載せた。ホメイニ革命後のイランが国家目標として核保有を追求し、国際的孤立を招き、そこに中露両国が食い込んで事実上のパトロンになった経過が、2人の専門家によって詳述されている。ハマスやレバノンの武装勢力ヒズボラをイランが操り、その背後に中露両国がいる世界的な構図がはっきりしてこよう。
あり得る世界戦争への拡大
ガザの紛争が世界的規模の戦争に広がりかねない深刻な事態が進行しつつあるが、紛争の鎮静化、新たな危険の阻止に当たる国は西側の依然として中心的存在である米国だ。国防総省は既に空母1隻を近海に派遣し、さらにもう1隻の派遣を決めたが、ウクライナ戦争と同様に、地上戦闘部隊を介入させる気配はない。ウクライナ向け武器支援に対してすら批判の少なくない「内向き」の米世論から判断して、海と空からの抑止で精いっぱいだろう。
米国は人種、所得、政治など多くの分野で分断症状を呈している。わけても民主、共和両党の対立は先鋭化をたどっているうえ、共和党内にもごたごたが起こり、同党出身の下院議長が解任されたまま議長空席の状態が続いている。ウクライナ向け追加援助承認は宙に浮いたままだ。
事件発生以来、日本の立場はいまひとつはっきりしない。21日に都内で開かれた国際会議に寄せられた岸田文雄首相のビデオメッセージは「パワーバランスの変化と地政学的競争の激化の中で、様々な課題が山積し、複合的危機を生み出している」と述べているだけで、危機感はさっぱり伝わってこない。メッセージの結論は「日米で連携したリーダーシップを発揮しなければならない」だ。論評に値しない。(2023.10.23国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)