ビジョンだけで国防や軍縮は達成できない|太田文雄

ビジョンだけで国防や軍縮は達成できない|太田文雄

願望の表明や、宣言、メッセージの発出は、戦略ではない。中国を核軍縮のテーブルに着かせるには、まず日米の側が同等の戦域核を持ち、戦力を均衡させることから始める必要がある。


主要7カ国(G7)首脳による広島サミットは、核軍縮に関する共同文書「広島ビジョン」を発表した。世界最初の被爆地、広島を地元とする岸田文雄首相の願望である「核兵器のない世界の実現」を「究極の目標」として盛り込んでいる。

しかし、ロシアによる「核兵器使用の威嚇」を文書でいくら非難しても、ロシアはウクライナに対する核恫喝をやめないであろう。「透明性や有意義な対話を欠く核戦力の増強」を続ける中国は、米国防総省の予測通り2035年までに米露と並ぶ戦略核弾頭1500発の保有に突っ走るであろう。北朝鮮に対して「核実験や弾道ミサイル発射を含め挑発的な行動の自制」をいくら求めても、金正恩体制が米本土に到達する核弾道ミサイルや核弾頭小型化による戦術核ミサイル開発を抑制することはなかろう。要するに中露朝は宣言を全く意に介さないに違いない。

我が国の防衛を全うし核軍縮に進むには、それを達成するための戦略と具体的な施策が必要となる。願望の表明や、宣言、メッセージの発出は、戦略ではない。

不条理な非核三原則の堅持

昨年末に日本政府が公表した安全保障3文書のうち、「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」では、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則堅持が謳われている。

しかし実際問題として、戦域核に関して言えば、中国は2000発以上の核兵器を配備しているのに対し、日米はゼロである。中国を核軍縮のテーブルに着かせるには、まず日米の側が同等の戦域核を持ち、戦力を均衡させることから始める必要がある。良い手本は1980年代の米ソによる中距離核戦力(INF)交渉の際、当時のシュミット西独首相が自国に米国のミサイル、パーシングIIとトマホークの配備を受け入れ、ソ連のSS20と戦力を均衡させて、結局INFの全廃につなげたことである。従って、少なくとも日本の非核三原則は見直されなければならない。

西太平洋の戦術・戦域核強化を

4月末の米韓首脳会談で出されたワシントン宣言では、米国の戦略核搭載原子力潜水艦(SSBN)を韓国に定期的に派遣することが盛り込まれた。しかし、米本土近海から北朝鮮を射程に収められるSSBNを韓国に寄港させることは、軍事的に何の意味もないばかりか、かえって中国やロシアに音紋を盗み取られる危険をはらんでいる。

バイデン米政権はトランプ前政権が決定した潜水艦発射核巡航ミサイルの開発を中止してしまったが、西太平洋で米国に期待したいのは戦術・戦域核搭載の潜水艦(SSGN)配備である。

この考えは米海軍内でも共有されている。米海軍協会の月刊誌プロシーディングスの本年3月号には、次期SSBNであるコロンビア級12隻のうち半分をSSGNにして、それを西太平洋に展開させるべきだとの論文が最優秀賞を得て紹介されている。

国家防衛戦略には「核抑止力を中心とした米国の拡大抑止が信頼でき、強靭なものであり続けることを確保するため、日米間の協議を閣僚レベルのものも含めて一層活発化・深化させる」とある。是非、戦術・戦域核の強化を米国と協議してもらいたい。(2023.05.22国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

今年の政治における最大のニュースは、10月の衆院選での与党過半数割れであると思う。自民党にとって厳しい結果であるばかりか、これによる日本の政治の先行きへの不安や、日本の昨年の名目GDPが世界第4位に落ちたことから、経済面においても日本の将来に悲観的な観測をお持ちの方がいらっしゃると思う。「先行きは暗い」とおっしゃる方も多くいる。一方で、今年決定したことの中では、将来の日本にとても希望が持てるものが含まれている――。


トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

「交渉のプロ」トランプの政治を“専門家”もメディアも全く理解できていない。トランプの「株価暴落」「カマラ・クラッシュ」予言が的中!狂人を装うトランプの真意とは? そして、カマラ・ハリスの本当の恐ろしさを誰も伝えていない。


「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」北朝鮮驚愕の核兵器開発現場|石井英俊

「核爆弾の奴隷たち」――アメリカに本部を置く北朝鮮人権委員会が発表した報告書に記された衝撃的な内容。アメリカや韓国では話題になっているが、日本ではなぜか全く知られていない。核開発を進める独裁国家で実施されている「現代の奴隷制度」の実態。


習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

すぐ隣の国でこれほどの非道が今もなお行なわれているのに、なぜ日本のメディアは全く報じず、政府・外務省も沈黙を貫くのか。公約を簡単に反故にした岸田総理に問う!


中国、頼清徳新総統に早くも圧力! 中国が描く台湾侵略シナリオ|和田政宗

中国、頼清徳新総統に早くも圧力! 中国が描く台湾侵略シナリオ|和田政宗

頼清徳新総統の演説は極めて温和で理知的な内容であったが、5月23日、中国による台湾周辺海域全域での軍事演習開始により、事態は一気に緊迫し始めた――。


最新の投稿


日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

今年の政治における最大のニュースは、10月の衆院選での与党過半数割れであると思う。自民党にとって厳しい結果であるばかりか、これによる日本の政治の先行きへの不安や、日本の昨年の名目GDPが世界第4位に落ちたことから、経済面においても日本の将来に悲観的な観測をお持ちの方がいらっしゃると思う。「先行きは暗い」とおっしゃる方も多くいる。一方で、今年決定したことの中では、将来の日本にとても希望が持てるものが含まれている――。


【今週のサンモニ】高橋純子氏の的外れなナベツネ批判|藤原かずえ

【今週のサンモニ】高橋純子氏の的外れなナベツネ批判|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【シリーズ国民健康保険料①】とにかく誰もが困っている「国民健康保険料」|笹井恵里子

【シリーズ国民健康保険料①】とにかく誰もが困っている「国民健康保険料」|笹井恵里子

突然、月8万円に……払いたくても払えない健康保険料の実態の一部を、ジャーナリスト・笹井恵里子さんの新著『国民健康保険料が高すぎる!』(中公新書ラクレ)より、三回に分けて紹介。


【シリーズ国民健康保険料②】あまりに重すぎる負担…容赦のない差し押さえも|笹井恵里子

【シリーズ国民健康保険料②】あまりに重すぎる負担…容赦のない差し押さえも|笹井恵里子

税金の滞納が続いた場合、役所が徴収のために財産を差し押さえる場合がある。だが近年、悪質な差し押さえ行為が相次いでいるという(笹井恵里子『国民健康保険料が高すぎる!』(中公新書ラクレ)より)。


【シリーズ国民健康保険料③】“年収の壁”を見直すと国民保険料はどうなるの…?|笹井恵里子

【シリーズ国民健康保険料③】“年収の壁”を見直すと国民保険料はどうなるの…?|笹井恵里子

いまもっぱら話題の「103万円、106万円、130万円の壁」とは何か。そしてそれは国民健康保険料にどう影響するのか(笹井恵里子『国民健康保険料が高すぎる!』(中公新書ラクレ)より)。