日本銀行は、新総裁に経済学者の植田和男氏、副総裁に前金融庁長官の氷見野良三氏及び日銀理事の内田真一氏を迎え、4月上旬に執行部を一新する。日銀総裁は戦後、大蔵省(現財務省)出身者と日銀出身者が交互に就任する人事が行われてきた。今回の総裁人事も財務省出身の黒田東彦氏の後任として日銀出身の雨宮正佳副総裁が指名されるのではないかとの見方が大勢を占めていたため、サプライズ人事と受け止められた。
しかし、海外先進国を見ると、中央銀行の総裁は、金融・経済に精通する専門家が就任することが主流であり、世界の中央銀行総裁は、極めて専門性の高いテーマを通訳なしで議論することが当然とされている。旧来のしきたりを破り、国際水準の人材を総裁として登用したことは歓迎すべきである。
金融緩和はアベノミクスの基本
日銀は金融政策を実行するに当たって自主性が尊重される。他方、日銀の正副総裁や審議委員は、国会の同意を得た上で内閣によって任命されるので、立法府や行政府が金融政策に関与できるのは、そういった「人事」を通じてか、政府と日銀の政策連携をうたった2013年の共同声明のような「合意」がある場合に限られる。今回の人事においても、この共同声明を嚆矢(こうし)とするアベノミクスの基本方針を堅持する人物かどうかに関心が集まった。
故安倍晋三首相が主導したアベノミクスとは、デフレから完全に脱却し、緩やかな物価上昇とそれを上回る賃金上昇の好循環を確立し、ひいては雇用の安定と経済成長の回復を目指す政策パッケージであり、金融緩和はその重要な手段である。2013年の共同声明は、2%程度の消費者物価の上昇を安定的に実現することを目標とした。
今回の人事では、その物価安定目標をどこまで貫徹する人物を新総裁にするかが問われた。植田氏は、国会の所信聴取において、従来の金融緩和の枠組みの継続を強調した。即ち、最も期間の短い金利をマイナス0.1%とし、残存期間10年の長期国債金利を0.5%の振れ幅を許容した上で、ゼロ%に誘導する枠組みを、2%の物価安定目標の達成が見通せる時期まで継続すると表明した。この見解に異論はない。
経済再生を脅かす利上げ
他方、植田氏は、その副作用も指摘する。植田氏によれば、副作用とは、①長期国債金利を低く抑えることによって銀行の利鞘が縮小し、収益が縮小する②本来市場で決まるべき金利を抑制することにより、国債市場が円滑に機能しなくなる―ことを意味する。
しかし、そもそも上記の低金利政策は、国債金利を中立金利よりも引き下げることによって経済活動を刺激し、物価安定目標を達成して経済の好循環を実現するために行われている。植田氏の指摘する副作用は、低金利によって銀行や国債ディーラーといった業界の利益が縮小すると言っているにすぎず、むしろある程度は想定の範囲内である。金融緩和の枠組みの早すぎる撤廃(即ち利上げ)は、日本経済の再生を脅かす。物価安定目標の貫徹を期待したい。(2023.03.13国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)