自民党内でもハト派と見られてきた岸田文雄新首相が「少なくとも(党総裁の)任期中に、時代の変化に対応した改憲をしっかり進めるべきだ」と述べた(9月17日の記者会見)。安倍晋三元首相の下で作成された①9条への自衛隊明記②緊急事態条項の創設③参院選の合区解消④教育の充実―という4項目の改正を実現したいとの熱意を表明したものだ。改憲を望む人々にとっては勇気づけられる思いだろう。
国土・国民を守れなかった戦後体制
ただし、首相の率いる自民党派閥の宏池会が改憲に積極的かどうか疑問を呈しないわけにはいかない。戦後の日本が軽武装の経済大国を目指した様子を、東京工業大学教授だった永井陽之助氏は吉田茂元首相の名を冠して「吉田ドクトリン」と表現した。このようなドクトリンは実際には存在しないのだが、永井氏の描写は日本の政財官界の共通の特徴を言い当てていたように思われる。
政界において「吉田ドクトリン」を推進したのは宏池会で、この派閥が政界の主流派だと称された。代表的な政治家として宮沢喜一元首相の名前も挙げられている。その宮沢氏を同郷(広島県出身)の誇るべき先輩だと公言しているのは岸田首相だ。さらに首相は、広島、長崎が原爆の被害に遭ったところから、非核三原則を守ると述べた。これは日本国憲法の精神に沿った思考である。
戦後体制のシンボルは日本国憲法だが、その憲法は日本の主権を守ってきただろうか。北方領土、竹島はどうなったか。尖閣諸島はいかなる状態に置かれているか。拉致問題は少しでも明るい見通しがあるのだろうか。口頭で抗議を繰り返すだけで、現実は一向に好転しない惨めな日本の現状を周辺諸国は笑っているだろう。
ロシアは日本の排他的経済水域(EEZ)内にある日本海の好漁場「大和堆」周辺でミサイル演習を行うと一方的に通告してきた。尖閣諸島(沖縄県石垣市)に設置されていた標柱が劣化し、字名も「石垣市字登野城」から「石垣市字登野城尖閣」に変更されたところから、石垣市は標柱を入れ替えるための上陸許可を政府に求めた。ところが、これは不許可になった。政府の説明は「安定的な維持管理のため、原則として政府関係者を除き尖閣諸島への上陸は認めない」である。つまり、中国を刺激してはいけないとの配慮からにほかならない。戦後体制では、領土、領海、領空のほか、国民の命を守ることが不可能になっている。
首相公約の重み
中国、北朝鮮の軍事行動に対して機能不全に陥っている日本を救うためには、一刻も猶予は許されない。憲法改正の歴史的大業を自民党ハト派の岸田首相の下で成し遂げてほしい。憲法に関する首相の公約には、それだけの重みがある。(2021.10.04国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)