英国の太平洋戦略に中国の焦り|湯浅博

英国の太平洋戦略に中国の焦り|湯浅博

米中間の地政学的な競争が激しさを増す中、英国が経済と安全保障の両面からインド太平洋への関与を強める動きは、独裁国家・中国の危険性に気づき始めた他の欧州主要国をこの地域に誘い込む大きな力となる。


インド太平洋に目を向けた英国が、欧州勢の先陣を切って大きな一歩を踏み出したことを歓迎したい。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)11カ国は英国の加盟申請を受けて6月2日、閣僚会議で英国との交渉開始を決めた。その10日ほど前には、英空母打撃群が米海軍の駆逐艦とオランダ海軍のフリゲート艦を従え、インド太平洋へ向け7カ月間の航海に出た。米中間の地政学的な競争が激しさを増す中、英国が経済と安全保障の両面からインド太平洋への関与を強める動きは、独裁国家・中国の危険性に気づき始めた他の欧州主要国をこの地域に誘い込む大きな力となる。

TPP加盟の地政学的意義

Getty logo

英国のTPP加盟は、世界の国内総生産(GDP)に占める加盟国の比率を13%から16%に高めるだけだが、地政学的な意義はそれ以上に大きい。TPPには元来、自由で公正な市場経済を拡大するとともに、地域覇権を狙う中国の挑戦を阻止する隠れた意図があった。しかし、米国がTPPから離脱し、バイデン政権になっても復帰は当面はありそうにない。

中国への警戒心を強める英国は、米国のいない間にTPP加盟を探る中国の動きを跳ね返す力になるだろう。中国に対抗するサプライチェーン(供給網)の構築だけでなく、自由、人権、法の支配などの価値観が中国に対する戦略的な優位性につながる。中国の脅威に直面する日本は、今年のTPP議長国として英国との交渉を円滑に進め、速やかに加盟が実現できるよう指導力を発揮すべきだ。

また、欧州連合(EU)から離脱した英国が「グローバル・ブリテン」構想を掲げ、インド太平洋で新たな連携を模索する姿は、北大西洋条約機構(NATO)のこの地域への関心を高めることにもつながる。英海軍の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」は米海兵隊の第5世代戦闘機F35Bを艦載し、インド洋や南シナ海、太平洋を航行して日本へ向かう。

今年5月にはフランスが日本で日米豪と共同軍事演習を実施し、11月にはドイツ海軍のフリゲート艦も日本に寄港して海上自衛隊と演習を行う。EUは9月にインド太平洋戦略の具体案をまとめる予定だ。欧州勢は依然として、中国の巨大市場に依存しつつ、人権尊重などの普遍的価値観から逸脱したくないという対中政策のジレンマを抱える。しかし、ゆっくりとではあるが、確実に中国を安全保障上の脅威と見なし始めている。

身から出た錆

関連するキーワード


今週の直言 中国 イギリス

関連する投稿


旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

旧安倍派の元議員が語る、イランがホルムズ海峡を封鎖できない理由|小笠原理恵

イランとイスラエルは停戦合意をしたが、ホルムズ海峡封鎖という「最悪のシナリオ」は今後も残り続けるのだろうか。元衆議院議員の長尾たかし氏は次のような見解を示している。「イランはホルムズ海峡の封鎖ができない」。なぜなのか。


自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

自衛官の処遇改善、先送りにした石破総理の体たらく|小笠原理恵

「われわれは日本を守らなければならないが、日本はわれわれを守る必要がない」と日米安保条約に不満を漏らしたトランプ大統領。もし米国が「もう終わりだ」と日本に通告すれば、日米安保条約は通告から1年後に終了する……。日本よ、最悪の事態に備えよ!


日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

日本人宇宙飛行士、月に行く|和田政宗

今年の政治における最大のニュースは、10月の衆院選での与党過半数割れであると思う。自民党にとって厳しい結果であるばかりか、これによる日本の政治の先行きへの不安や、日本の昨年の名目GDPが世界第4位に落ちたことから、経済面においても日本の将来に悲観的な観測をお持ちの方がいらっしゃると思う。「先行きは暗い」とおっしゃる方も多くいる。一方で、今年決定したことの中では、将来の日本にとても希望が持てるものが含まれている――。


トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

トランプの真意とハリスの本性|【ほぼトラ通信4】石井陽子

「交渉のプロ」トランプの政治を“専門家”もメディアも全く理解できていない。トランプの「株価暴落」「カマラ・クラッシュ」予言が的中!狂人を装うトランプの真意とは? そして、カマラ・ハリスの本当の恐ろしさを誰も伝えていない。


習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

習近平「チベット抹殺政策」と失望!岸田総理|石井陽子

すぐ隣の国でこれほどの非道が今もなお行なわれているのに、なぜ日本のメディアは全く報じず、政府・外務省も沈黙を貫くのか。公約を簡単に反故にした岸田総理に問う!


最新の投稿


【今週のサンモニ】戦後80年談話は意義も必要もない|藤原かずえ

【今週のサンモニ】戦後80年談話は意義も必要もない|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


終戦80年に思うこと「私は『南京事件』との呼称も使わない」|和田政宗

終戦80年に思うこと「私は『南京事件』との呼称も使わない」|和田政宗

戦後80年にあたり、自虐史観に基づいた“日本は加害者である”との番組や報道が各メディアでは繰り広げられている。東京裁判や“南京大虐殺”肯定派は、おびただしい数の南京市民が日本軍に虐殺されたと言う。しかし、南京戦において日本軍は意図的に住民を殺害したとの記述は公文書に存在しない――。


【今週のサンモニ】一年ぶりの青木氏に反省の色なし|藤原かずえ

【今週のサンモニ】一年ぶりの青木氏に反省の色なし|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


【激突大闘論シリーズ③】消費税減税で経済は変わるのか|玉木雄一郎×デービッド・アトキンソン【2025年9月号】

【激突大闘論シリーズ③】消費税減税で経済は変わるのか|玉木雄一郎×デービッド・アトキンソン【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『【激突大闘論シリーズ③】消費税減税で経済は変わるのか|玉木雄一郎×デービッド・アトキンソン【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


日本に訪れた世紀の大チャンス|櫻井よしこ×谷口智彦【2025年9月号】

日本に訪れた世紀の大チャンス|櫻井よしこ×谷口智彦【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『日本に訪れた世紀の大チャンス|櫻井よしこ×谷口智彦【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。