真鍋島の猫たちと M さんのこと|瀬戸内みなみ

真鍋島の猫たちと M さんのこと|瀬戸内みなみ

瀬戸内みなみの「猫は友だち」 第2回


後進を育てたかった

「Mさんが亡くなったあと、みんながタヌキと呼んでいた猫もいつの間にか姿が見えなくなったんよ。Mさんがかわいがっていたし、ケガをしていたから私も気になってたんだけど……」

生前のMさんに一度だけ、私は直接会って話を聞いたことがある。

猫と人間がどちらも幸せに暮らしていけるように、地域のひとが行政とも連携して猫の面倒を見られるような仕組みを作りたい。そのためにできれば団体を立ち上げたい。自分の後を引き継いでくれる、若いひとを育てたい。Mさんはそんな構想を語っていた。

だが結局、どれも実現することはなかった。足りなかったのは時間なのか。Mさんの早すぎる、そして突然の死は、結果的に問題を残すことになってしまった。

Mさんは優秀な頭脳と能力に恵まれていたひとで、輝かしい学歴と職歴を持っていた。それなのになぜか、世間的な成功や出世というものからは縁遠かったようだ。どうして自分と社会とがかみ合わないのか、認められないのかという悔しさが、言葉の端々ににじみ出ているように感じられてならなかった。

小さな島で必死に生き抜こうとしている猫たちに、Mさんは自分を重ねていたのかもしれない、というのはたぶん考え過ぎだろう。けれども弱い存在である猫を守ろうとすることは、世の中の不条理にいつも苛立っていたMさんにとって、社会正義だったのではないかと私は思っている。

猫たちの運命

Mさんは、最初から特に猫好きだったわけではない、とも話していた。

猫島としてすっかり有名になってしまった真鍋島には、Mさんがいなくなったあと、島外から個人や団体の動物愛護活動家が乗り込んできたそうだ。かわいそうなたくさんの猫たちの面倒を見ます、ということらしい。だが当の地域住民は困惑した。なぜたかだか猫のことをいろいろいうのか、なぜよそ者が島の生活を引っかき回そうとするのか、と。

その騒ぎも一段落した今、猫と島のひとたちとの距離は昔のままの穏やかさに戻っているように見える。けれども、これから猫たちがどうなるのかは分からない。

ひとが手をかければ猫は増え、面倒をみなくなれば数を減らす。猫と人間との関係はずっとこうだった。何が正しく、何が幸せなのかを外部からいうことは難しい。猫がその土地で暮らしているからには、その地のひとたちが決めなくてはならないことなのではないか。

猫たちの運命も、それに委ねるのしかないのかもしれない。

Mさんの理想が実現しなかった今となっては。

(写真撮影/中室敦美)

関連する投稿


【猫は友だち・番外編】「上高地を守るひとびと」 |瀬戸内みなみ(ライター)

【猫は友だち・番外編】「上高地を守るひとびと」 |瀬戸内みなみ(ライター)

美しい大自然に出合える上高地。しかし、その自然は、地元の人々の絶え間ざる努力によって保たれていた――。


林真理子さんが感服! 村西とおる「有名人の人生相談『人間だもの』」

林真理子さんが感服! 村西とおる「有名人の人生相談『人間だもの』」

「捨て身で生きよう、と思える一冊。私の心も裸にされたくなりました」(脚本家・大石静さん)。「非常にいい本ですね、ステキ」(漫画家・内田春菊さん)。そして村西とおる監督の「人生相談『人間だもの』」を愛する方がもうひとり。作家の林真理子さんです。「私はつくづく感服してしまった」。その理由とは?


【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑮これはどんな四字熟語?

【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑮これはどんな四字熟語?

『Hanada』で書評を連載している西川清史さんが、世界中から集めた激カワにゃんこ写真に四字熟語でツッコミを入れた『にゃんこ四字熟語辞典』が発売されました。本書から一部を抜粋してクイズです。この写真はどんな四字熟語を現した一枚でしょうか?


【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑭これはどんな四字熟語?

【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑭これはどんな四字熟語?

『Hanada』で書評を連載している西川清史さんが、世界中から集めた激カワにゃんこ写真に四字熟語でツッコミを入れた『にゃんこ四字熟語辞典』が発売されました。本書から一部を抜粋してクイズです。この写真はどんな四字熟語を現した一枚でしょうか?


【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑬これはどんな四字熟語?

【にゃんこ四字熟語辞典クイズ】⑬これはどんな四字熟語?

『Hanada』で書評を連載している西川清史さんが、世界中から集めた激カワにゃんこ写真に四字熟語でツッコミを入れた『にゃんこ四字熟語辞典』が発売されました。本書から一部を抜粋してクイズです。この写真はどんな四字熟語を現した一枚でしょうか?


最新の投稿


日本心臓病学会創設理事長が告発 戦慄の東大病院 ④横行する論文盗作、不正|坂本二哉【2025年9月号】

日本心臓病学会創設理事長が告発 戦慄の東大病院 ④横行する論文盗作、不正|坂本二哉【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『日本心臓病学会創設理事長が告発 戦慄の東大病院 ④横行する論文盗作、不正|坂本二哉【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【戦後名論文再読Ⅳ】林房雄『大東亜戦争肯定論』|三浦小太郎【2025年9月号】

【戦後名論文再読Ⅳ】林房雄『大東亜戦争肯定論』|三浦小太郎【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『【戦後名論文再読Ⅳ】林房雄『大東亜戦争肯定論』|三浦小太郎【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


フェンタニル密輸 日本で蠢く黒い組織|須田慎一郎【2025年9月号】

フェンタニル密輸 日本で蠢く黒い組織|須田慎一郎【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『フェンタニル密輸 日本で蠢く黒い組織|須田慎一郎【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【今週のサンモニ】戦後80年談話は意義も必要もない|藤原かずえ

【今週のサンモニ】戦後80年談話は意義も必要もない|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。


終戦80年に思うこと「私は『南京事件』との呼称も使わない」|和田政宗

終戦80年に思うこと「私は『南京事件』との呼称も使わない」|和田政宗

戦後80年にあたり、自虐史観に基づいた“日本は加害者である”との番組や報道が各メディアでは繰り広げられている。東京裁判や“南京大虐殺”肯定派は、おびただしい数の南京市民が日本軍に虐殺されたと言う。しかし、南京戦において日本軍は意図的に住民を殺害したとの記述は公文書に存在しない――。