真鍋島の猫たちと M さんのこと|瀬戸内みなみ

真鍋島の猫たちと M さんのこと|瀬戸内みなみ

瀬戸内みなみの「猫は友だち」 第2回


猫のために切り詰めた生活

猫の数が多いからパラダイス、というのは、あまりにも安易だ。島という閉ざされた空間で、飼い猫ではないたくさんの猫が生き抜いていかなくてはならない環境は、過酷である。きれいごとではない。

Mさんは島を回って猫の世話をしながら、その猫たちの様子を日々ツイッターで、それこそ世界へ向けて発信し続けていた。けれどもそこから垣間見られる生活の慎ましさ、特に食事を倹約する様子は、ひと事ながら心配になったものだ。だって、「今日の夕食は100円ショップで買った煎餅」なんて投稿もあったくらいである。私の余計な心配が、まさかこんな結果で現実になろうとは。

切り詰めたお金で、Mさんは猫の餌代、病院代、避妊手術代をまかなっていた。

島外の職場で働きながら、1日おきに島に帰っては猫の面倒を見るというのが日常だった。強く冷え込んだその日の朝、Mさんはいつも通りに島を回り、出勤のため朝一番の定期船に乗ろうとしてふいに崩れ込んだのだという。救急船で対岸の病院へ運ばれたが、すでに事切れていた。直接の死因はヒートショックだったそうだ。

カトリック信者だったMさんの葬儀は、クリスマス・ミサも終わった12月26日にカトリック笠岡教会で執り行われた。教会は真鍋島からの定期船が発着する笠岡港のすぐそばにある。Mさんは生涯独身で家族はなく、神奈川県で暮らしているお母さんも高齢なので、笠岡教会の山口神父が身元引受人となって遺骨を引き取った。

参列者は真鍋島の住民が2人、職場のひとが2人、ツイッターなどで交流があった猫関係者が私を含めて2人、あとは教会の信者さんが20人ほど。遺影は、ツイッターで彼の死を知ったひとたちから送られたお花と猫のぬいぐるみに囲まれていた。Mさんらしい、静かでしめやかな葬儀だった。

飢えた猫たち

「……あのあと、島の猫たちは大変だったんよ」

葬儀にも参列した真鍋島の中室敦美さんがいう。敦美さんは島の港の切符売り場で働いていて、自宅でも猫を1匹飼っている。私と年が同じということもあり、猫のことというと何かと連絡をくれ、教えてくれるのだ。

大変だった……。そうかもしれない。それこそがMさんのツイッターを見ていたひとたちの心配していたことだ。

島にも猫を好きなひとはもちろんいるが、島全体の猫のことを考えていたのはMさんだけだ。餌やりは猫好きの住民数人と連携してやっていたが、高齢者ばかりということもあってそれぞれ自宅周辺の猫しか面倒を見られず、それも死去や入院などでひとり、またひとりと減っていく。

また世界中どこでもそうだが、その地域に暮らすひとたちの大部分は猫に関心がないのだ。もちろん嫌いなひともいる。積極的に猫が好きというひとのほうが圧倒的少数派だ。Mさんが孤軍奮闘していたのは誰の目にも明らかだった。

つまり、Mさんが餌をやっていた猫たちは飢えてしまったのである。

「しばらくすると、猫同士のケンカする声がものすごく響くようになった。この辺の猫もみるみるうちに骨と皮みたいに痩せてしまって……。こんなになっちゃうんだと思ってびっくりしたよ。今までそんなことはしなかったのに、ゴミ箱を必死で漁るようになったり、家の中にどんどん入り込んだり。ひとが持っているカバンやリュックにもよじのぼるし、引っ掻かれて流血したひともおったわ。ペットボトルしか入ってないゴミ袋をなんとか破こうとしていたり……。胸が痛かった」

見るに見かねた敦美さんは港周辺の猫たちにキャットフードを与え始めた。そしてやっと状況が落ち着いてきたという。

「でも猫の数は、すごく減ったよ」

ただ、減ったようには思えないという島のひともいる。それはひとが最も多く行き来する港の周りに猫が集まってきているからではないか、というのが敦美さんの意見だ。

港には猫が目当ての観光客が、毎日のようにキャットフードを持って上陸してくるからだ(ただし、天気が悪いとやって来ない)。

食べ物に満足していたころは観光客よりも昼寝を優先していた猫たちも、空腹だと大きなカメラとバッグを持った見知らぬひとたちに付きまとうようになる。観光客は、評判通りひと懐こい猫がたくさんいる島だ、と喜ぶ。島のひとたちは、いつもと変わらない光景だ、と思いながら通り過ぎる。

こうやってまた、「猫の楽園」のイメージが広まっていくのだろうか。

(写真撮影/中室敦美)

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