他者を想う日本人の心を取り戻そう|櫻井よしこ

他者を想う日本人の心を取り戻そう|櫻井よしこ

新規感染者の急増、東京から周辺県への急拡散の前で、都道府県知事は取り締まり権限の強化を可能にする立法を国に求めている。政府及び地方自治体に命令権、強制権、罰則権のない異常を正すときだ。国民が国を敵視することのない普通の民主主義国になる小さな一歩としてこの改革を急ぐべきだ。


4月7日に安倍晋三首相が緊急事態宣言を発出したとき、日本国民は立派に行動した。政府の宣言には強制力も罰則もなく、要請するだけの建て付けだ。国は国民と対立する悪しき存在であり、最小限の権力さえ与えないのがよいとする現行憲法の精神を色濃く反映した結果である。

国の建て付けとは正反対に、日本国民の圧倒的多数が首相の言葉を正面から受け止め、本来の日本国民らしく行動した。その結果、わが国はわずか50日余りで武漢ウイルス襲来の第一波を乗り切った。

若い世代は責任ある行動を

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その素晴らしい結果は、日本に長く伝わる利他の精神と徳性ゆえである。海の神の怒りを静めるため身を投げた遠い昔の弟橘媛(おとたちばなひめ)の物語は、愛と犠牲の不可分性を私たちに教えて余りある。大自然の力の前に成す術すべもなく立ち尽し、自然を畏怖するしかないときでさえも、日本人は他者を想い、他者のために行動できる民族であり続けてきた。

3・11(東日本大震災)の凄まじい破壊を受けたときも、日本人は沈着の時間を過ごし、秩序を守り、協力した。日本人にとって至極当然の行動だったが、世界の人々は、なぜ日本人は食料を求めて我先にと走らないのか、なぜ押し合いへし合いしないのか、と驚嘆した。

責任感と利他の精神は今も私たちの中に確固として存在する。コロナウイルス第一波の前ではそれが危機を乗り越える力となった。だが7月以降、東京都を中心に3桁の新規感染者が出続けている。新宿区長の吉住健一氏は7月26日、フジテレビの日曜報道 THE PRIMEで、区内の繁華街、歌舞伎町の密な接待を提供する店を含む飲食店の7月前半の平均値で、PCR検査の陽性率が45.9%だったという驚愕の数字を発表した。

都民は、そして日本人はこの凄まじい実態を正しく認識しなければならない。新規感染者の70%強が39歳以下との統計もある。若い世代は感染しても無症状で影響を受けないとされる一方、肺疾患などの後遺症が残る事例も報告されている。賢い行動と正しい情報はコインの裏表だ。政府も地方自治体も出来得る限りの情報を伝える義務がある。全世代が情報を共有して初めてウイルスとの戦いで責任ある行動がとれるだろう。

強制・罰則規定が必要

新規感染者の急増、東京から周辺県への急拡散の前で、都道府県知事は取り締まり権限の強化を可能にする立法を国に求めている。政府及び地方自治体に命令権、強制権、罰則権のない異常を正すときだ。国民が国を敵視することのない普通の民主主義国になる小さな一歩としてこの改革を急ぐべきだ。

富、便利さ、知性が集中しているとしても、東京は享楽の先端を走る中で利他の精神を置き去りにしていないか。権利も自由も他者を傷つけない限りにおいてのみ許され、かつ責任を伴うという当たり前のことを、都民こそ学びたい。

国と国民が支え合う普通の国になる過程で、最も多くの感染者を出している東京都民を先頭に、わが国に長く息づく善き価値観を学び直すときでもあろう。(2020.07.27 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

櫻井よしこ

https://hanada-plus.jp/articles/408

国家基本問題研究所理事長。ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業。「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局員、日本テレビ・ニュースキャスター等を経て、フリー・ジャーナリストとして活躍。『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』(中公文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞、『日本の危機』(新潮文庫)を軸とする言論活動で菊池寛賞を受賞。2007年に国家基本問題研究所(国基研)を設立し理事長に就任。2010年、正論大賞を受賞。著書に『何があっても大丈夫』『日本の未来』『一刀両断』『問答無用』(新潮社)『論戦』シリーズ(ダイヤモンド社)『チベット 自由への闘い』(PHP新書)『朝日リスク』(共著・産経新聞出版)など多数。

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