ビル・ゲイツを太らせる日本の経済対策|田村秀男

ビル・ゲイツを太らせる日本の経済対策|田村秀男

国債発行によって、新型コロナ不況を楽々と乗り切れるゆとりがある日本。 しかし、日銀は国債購入どころか、逆に国債を市場で売りに出してマイナス金利を防ぐ挙に出かねない。 従来どおりの経済対策では、ビル・ゲイツ氏らスーパーリッチを太らせるだけだ!


ビル・ゲイツの気前がいい理由

春の叙勲で、マイクロソフトの創業者で大富豪であるビル・ゲイツ氏に旭日大綬章が贈られた。中国武漢発の新型コロナウイルス用の新薬開発に私財を投じていることを賞賛したわけだが、異様極まる。資産家の慈善は偽善と紙一重である。

そればかりではない。全家計資産の7割以上を保有する全米上位10%層の富は中間層以下の貧困化とは対照的に、金融危機のたびに増殖してきた。連邦政府と米連邦準備制度理事会(FRB)は、パニックになった金融市場に巨額の資金を投入して金融資産価値を押し上げた。

そのあと、政府は「財政健全化」を名目に非富裕層向けの支出を削減し、FRBは金融を引き締める。ゲイツ氏ら億万長者の気前よさは、90%の国民に対するほんのわずかなお返しなのだ。

新型コロナ恐慌は、従来の金融危機とは次元が異なる。生産や消費を担う人の動きを止めたのだから、金融市場対策では経済危機を止められない。政府は財政資金を家計、中小・零細企業を中心とする多くの業種や地方自治体に投入せざるをえない。  

米国の場合、国民への現金支給や失業保険増額など財政資金だけで4兆ドル(428兆円)、GDPの2割に達する見通しだ。目も眩むようなゲイツ氏の資産1100億ドル(11・7兆円)も霞んでしまう。

FRBのパウエル議長は「無制限の国債購入」を宣言し、3、4月合計で2・5兆ドルのカネを刷って市場に投じ、国債などの資産を積み上げた。FRBはさらに企業や地方自治体に直接融資する構えで、WSJ紙によれば最終的には4兆~7兆ドル分資産を膨らます。そのGDP比は、リーマン後や1930年代の大恐慌時代をはるかに凌駕する。

コロナ・パンデミックは富める階層のための財政・金融政策を一般国民向けへと、現代史上初めて転換させたのだが、疑問が生じる。

政府が財政赤字を膨張させ、中央銀行が無制限にカネを刷れば、いずれインフレになってドル安が進行し、金利が急騰、国債は暴落する虞れはないのか、と。

消費需要が落ち込み、供給は過剰というデフレ圧力が高いのだから、インフレ懸念は生じないのだが、不安が皆無とは言えない。

20兆ドルに上るカネを海外から借り入れている世界最大の対外債務国である。米国の家計や企業の現預金は16・6兆ドルで、政府の負債24兆ドルを大きく下回る。不況が長引くなど不安が生じようものなら、海外投資家が逃げ出し、ドル相場が崩落しかねない。

そのときはFRBも手の打ちようがなくなる。ドルではドルを買えないからだ。

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これ以上、スーパーリッチを太らせるな!

一方、日本にはゲイツ氏はいないが、国民全般が持つカネは有り余っている。日銀統計によれば、昨年末で政府純金融負債697兆円に対して、家計と企業合計の現預金は1288兆円。

国内で使われないカネは「輸出」、即ち対外債権となり、19年で372兆円ある。円はしかもドルや金といつでも交換できるハードカレンシーである。日本は世界一の対外債権国なのだ。

日本は国債発行によって、新型コロナ不況を楽々と乗り切れるゆとりがある。安倍晋三首相は国民1人当たり一律10万円の現金支給などの緊急経済対策の財源確保のために25兆円の国債を追加発行するが、それどころか思い切って100兆円発行しても国内の余剰資金で十分賄える。

もともと20数年間も需要不足で慢性デフレが続き、インフレ懸念は微塵もない。消費税率をゼロにしても、教育や子育て支援の財源は国債で調達できる。
 
問題は、政府や日銀にこの世界最大とも言えるカネ資源を国内向けに活用してコロナ恐慌克服や脱デフレ・経済再生を実現する気があるかどうかである。

黒田東彦日銀総裁は、4月27日の日銀金融政策決定会合後の会見で国債の年間購入80兆円の上限を廃止したが、FRBのように「無制限の購入」の意図表明とは言いがたい。

黒田総裁は「長期国債の金利をゼロ%程度で安定させるために、必要なだけいくらでも買う」と付け加えている。
 
前述したようなカネのだぶつきから銀行や生保の国債需要は大きく、日銀が買い上げなくてもマイナス金利になりがちだ。日銀は国債購入どころか、逆に国債を市場で売りに出してマイナス金利を防ぐ挙に出かねない。

財務省のほうは、これ以上の国債発行を阻止しようと躍起となっている。財務官僚上がりの黒田氏は、そんな論理に抗いそうにない。これでは財政と金融がバラバラという従来型政策の域を出ず、新型コロナ不況からのV字型回復は見込めない。

そして、債権国日本は膨らむ余剰資金を米金融市場に供給し、株式など金融資産価格を押し上げ、ゲイツ氏らスーパーリッチを太らせるこれまでどおりの役割を果たすだろう。

著者略歴

田村秀男

https://hanada-plus.jp/articles/350

産経新聞特別記者・編集委員兼論説委員。1964年、高知県生まれ。1970年、早稲田大学第一政治経済学部卒。同年日本経済新入社、1984~88年、ワシントン特派員。その後、経済部編集員、米国アジア財団上級客員研究員を経て、1996年、日経香港支局長、1999年、東京本社編集委員となる。2006年、産経新聞に移籍。

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