編集部・梶原の「リベラル本 ずぼら書評」 『追及力 権力の暴走を食い止める』
国会でのドスの効いた質疑を行っている森ゆうこ議員(自由党)。
そして菅官房長官会見で「目立って」いる望月衣塑子・東京新聞記者。
「旬」な2人の対談となれば読まないわけにはいきません。さっそく「追及にも礼儀あり」という項で(64ページ)こんな話をしています。
森 私の追及は容赦がないと言われたりするけれど、私なりに守っているルールとか倫理観というものはあるんですよ。
望月 ぜひ教えてください。
森 特に総理に対しては礼を失しないようにすることです。(中略)どうしようもない総理だとしても敬意は払わなければいけないと思うんですよ。だから、総理に質問するときは最低限の礼儀をわきまえます。
望月 ちょっと意外ですね。
望月記者にすら「(敬意を払っているなんて)意外ですね」と言われてしまう森議員。いや、逆に言えば望月記者は「私は総理だろうが誰だろうが礼儀なんて考えていませんが」ということでしょうか? 実際にこのあと、望月記者は驚くようなことを口にします。
望月 私は質問する中で感じたのですが、記者って文章で批判したりしても、自分が顔を出して矢面に立ち、結果責任を負うというのはあまりないんですよね。万が一、誤報を出してしまってもクビになることもないですし。(以下略、66ページ)
エッ、記者って結果責任を負わないのでしょうか。望月記者は続けて「顔を出して答えることには責任感が伴う」「その点は記者と違う」「だから政治家の覚悟や責任の取り方は記者とは全然違う」とは言っています。でもこの言い方、一見、政治家の覚悟を讃えているようで、記者の責任を軽くしていませんか……。
加計学園問題についてはこうおっしゃっています。
望月 本当に問題がないんだったら、それこそ資料を隠さないで全部出せばよかったんです。(中略)おそらく安倍さんはお世話になった加計さんに請われるままに、「早く獣医学部を作ってよ」と言って、設置する流れになったのではないかと推察します。実際にそんなところでしょう。(後略、116ページ)
現役記者が「実際にそんなところでしょう」で済ませていいものでしょうか。余計なお世話ながら、「望月さんはこんなに思い込みが激しくて記者をやっていけるんだろうか」と心配になります。