衝撃を受けた聖火リレーへの中国人学生動員
シドニーで大学院生だったころ、私は中国系の学生達と仲良くなった。彼(女)達はいわゆるABC(Australian Born Chinese)で、オーストラリアで生まれ育った移民第二、第三世代だった。アジア人的でありながら、英語がネイティブで適度に西洋化された彼(女)らとは付き合いやすく、よく助けてもらった。
多文化主義の申し子であり、新しいタイプのオーストラリア人である彼(女)達が世に出て行ったら、この国は一層栄えるだろうな、と楽観的に考えていた。
しかし、私の期待は予想もしない方向で大きく外れてしまったようだ。今、オーストラリアの大学のキャンパスを闊歩する中国人学生たちの多くは、留学生であれ、永住者であれ、在外中国人をコントロールして戦略的に活用することを正式な政策とする本国政府の管理下にあるようだ。
中国人学生団体の代表は中国領事館に繋がり、学生たちに託されたミッションは、中国に批判的な個人や団体の監視、通報をはじめ多岐にわたる。教師が中国に批判的な発言をしたり、中国政府の公式見解に沿わない資料を使ったりしたら、吊るし上げて謝罪を求める。領事館から抗議が入ることもある。私の時代には想像もできなかった。
しかし驚くべきことに、中国人留学生が払う多額の学費に経営依存する大学はいとも簡単に屈して謝罪してしまうのだ。チャイナマネーの魅力の前に言論の自由も学問の自由もあえなく放棄される。
著者のハミルトン教授が遭遇して衝撃を受けたのは、2008年の北京五輪の際に首都キャンベラで行われた聖火リレーに動員された何千人という中国人学生達だった。地元のオーストラリア国立大学から大勢動員された他に、他の都市からもバスを仕立てて続々と乗り込んできたのだ。
彼らは予め調達されたたくさんの五星紅旗を振りかざし、チベット独立派などを見つけては取り囲んで暴力を振るうなどの乱暴狼藉を働いたが、警察は何もできなかった。これと同じことが日本の長野県でも発生したことを覚えている読者もいるだろう。
中国共産党に政策変更をさせた二つの世界的事件
彼らはなぜかくも興奮し、攻撃的だったのか。本書で明らかにされているその理由は、単なる「民族性」では説明できない。その背景には極めて重大な中国共産党の政策変更があったのだ。
その契機となった世界的事件がふたつある。
まず、ソ連の崩壊である。これによって、人民の統治の観点から、マルクス主義の正当性が薄れてしまった。中国共産党は、ソ連や東欧の失敗は「情報開示(グラスノスチ)」のような軟弱な政策を取る状況に追い込まれた弱さにあると考えたので、民主化という選択肢は眼中になく、レーニン主義的国家運営の方針に毛ほどの迷いもなかったが、当地の方法を考え直す必要に迫られた。
その結果、新たな統治の基軸となったのは自民族中心主義(ethnocentrism)だった。もちろん、自民族を最上位に置く中華思想は大昔からあるが、その新しいバージョンは激しい被害者意識と復讐心に特徴づけられている。
「中国は百年にわたり、横暴な西洋と残酷な日本人に踏みにじられて来た。しかし、今や中国人(漢民族)は団結して立ち上がり、偉大なる中華帝国を再興する時が来た」というのである。惨めな犠牲者としての中国の歴史がことさら強調される。
ここでのさらなる特徴は、中国イコール共産党であり、中国人は世界のどこに住んでいても、国籍が何であれ、あくまでも中国人であり、祖国の再興のために貢献しなくてはならない、という思想だ。これは思想にとどまらず、国防動員法などの法律で拘束され、逆らえば母国の親族に危害が及びうる。
もうひとつの世界的事件は2008年のリーマンショックだ。
この時、中国は「西洋型の経済システムが限界を露呈し、それを克服して世界を救済したのは中国だった。これからは中国がアメリカに代わる覇権国となる」と確信し、習近平主席の下、もはや偉大なる中華帝国の再興という夢を隠す必要はないと判断したのだ。
そして、世界中で復讐心に燃え、愛国の為なら何をしても許されると信じる中国人の若者が見られるようになったのだ。