ネコのようでネコでない
ネコに似て非なるその姿やシルエットを、住宅街で見かけたという人も多いのではないだろうか。ネコよりもすらりと細長く、鼻筋も少し通っている動物、その正体はハクビシンである。
日本で、それも東京の住宅街でも着実にその数を増やしていると思われるハクビシン。東京23区の一つ、板橋区役所のホームページでも、〈区内全域で、近年ハクビシンが目撃されています〉と注意喚起がなされているほどだ。
しかしその生態はいかなるものなのか、一体いつから増え始め、街中でさえ見かけるようになったのか。
そうした疑問に答えてくれるのが、増田隆一『ハクビシンの不思議』(東京大学出版会)だ。
副題に「どこから来て、どこへ行くのか」とあるように、いつの間にか生活に身近なところで生息するようになった「隣人」、ハクビシンの正体を、動物学者が追った一冊である。
写真を見れば何やら細身のタヌキのようでもあるが、分類上はジャコウネコの仲間だという。様々な種類がアジアを中心に広く分布しているが、その名の通り「白鼻心(芯)」、つまり鼻筋に白い線の入っている毛色のものばかりではなく、豹のような斑点を持つ種類もいるという。
昔はあまり見なかったハクビシン。最近増えたのは、ハクビシンが外来生物で、近年持ち込まれたからなのか? と思ってしまうが、本書によればハクビシンは江戸時代の古文書にも似たような動物が登場することから、在来種説も唱えられてきたという。
長く、在来種説と外来種説が戦わされてきたが、本書の著者である増田氏が取り組んだ遺伝子解析の研究結果によると、現在増えている一般的なハクビシンは外来種、しかも台湾からやってきたことが判明したという。
台湾からやってきたハクビシン
詳しくは本書を読んでいただきたいが、台湾からやってきたハクビシンは日本国内で三つのグループに枝分かれし、中部グループ、関東グループ、四国グループを形成して、それぞれの地で繁殖しているそうだ。
ハクビシンの来歴を辿る第三章〈台湾から日本へ〉は、ハクビシンのDNAを核にしながら、時間旅行をしているような読み応えだ。遺伝子分布のパターン分析で、台湾のどこから日本のどのあたりへ、いつ頃やってきたのかがわかるからだ。
一方、「どのようにして日本へやってきたか」は遺伝子解析では突き止められないだけに、かえって想像力を掻き立てられる。
本書では〈南洋漁業で台湾に立ち寄った日本の漁船の船員がペットとして入手し、日本の港に持ち込んだのか? または、毛皮養殖のために台湾から持ち込まれ日本で飼育されていた個体が逃げ出したり放獣されたことに起因するのか?〉とある。
第四章〈日本で繁殖するハクビシン〉にあるように、記録では多くの地域で1950年代から保護・捕獲されるようになり、関東では1980年代に入った頃から確認され始めたのだという。
いつの間にか増えていたハクビシン。人間とともに移動してきたに違いないわけだが、「私がうっかり、ハクビシンを放してしまいました」と申し出るような人はいなかったのだろう。おかげで「いつの間にか増えている」ことになったのである。
ここまで「いつの間にか自分たちの生活圏に浸透していたハクビシン」という体で本書を紹介してきたが、実は北海道と九州の読者の方には、ここでお詫びをしなければならない。実はこの二つの地域には、ハクビシンは生息していないのだ。ただし北海道は奥尻島を除いて。
これまた本書のタイトル通り「ハクビシンの不思議」で、北海道広しと言えど、明確にハクビシンの分布が確認できるのは奥尻島だけというのだから、やはり誰かしら人間がハクビシンを持ち込んだと思われる。だが、〈島への侵入経路や侵入方法などについては情報がなく、いまだ謎のままである〉という。
また九州に関しても、「不思議」がある。江戸時代に長崎の出島にオランダ商船が持ち込んだ、動物に関する図譜にハクビシンらしき姿を描いたものが確認されている。人の出入りや台湾との距離を考えても、本島よりも前に持ち込まれ、増えていても不思議はなさそうだが、現在のところ分布が見られないのだという。
絵だけが200年近く前に入ってきているというのも、何やら謎めいていて妙に面白い。