【読書亡羊】世界には「反移民で親LGBT」「愛国的環境保護派」が存在する  中井遼『ナショナリズムと政治意識』(光文社新書)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!


SNSは大荒れでも実際は…

とはいえ、日本でもSNS上では右や左の党派性を帯びた者同士の争いが絶え間なく起き、国の安全保障をめぐる問題でも建設的な議論が進めづらい状況にあるように感じるが、本書にはこうある。

実は日本という国は世界的に見た時にあまり極端に強い特徴がない、よくある政治意見の散らばり方が見られる。

そもそも日本ではナショナリズムにしても「あなたは右か左か」との認識についても「わからない」と答える人が多いのだ。

ちなみに、本書ではネットでよく言われる「自称・右でも左でもない普通の日本人」は(主に右に)偏っている説、についても言及があるのでご確認いただきたい。

一方で、LGBTや移民の問題、あるいはワクチンや選挙の陰謀論など、近年ではSNSや動画を通じて、アメリカ的な政治対立(とそれを煽る素材)が直に日本に輸入されている面もある。

そうした中には、社会の分断を目的とするロシアや中国の情報工作も紛れているに違いない。いずれも嫌悪感や危機感をことさら煽るようなものが多く、そうした情報に引きずられる形で、一部の人たちが極端化して見えるのが実態だ。

また、あるテーマに対するスタンスを「左」「右」などとラベリングした上に、「その逆こそ正しい」とするかのような言動もSNS上では散見される。だが本書を読めばわかるように、そうした一見わかりやすい分類はほとんど意味をなさないし、現実理解からも乖離してしまうのだ。

率直に言えば、ラベリングからの逆張り、つまり「〇〇は左(右)だ! その逆が正しい!」的なふるまいで自己の立ち位置や主張を見失っているケースも散見される。本書によれば、そうでなくても左右の位置取りは時代によって変わるのに、相手の逆張りばかりしていては自己認識の土台を見失うことになる。

本書を読んで、まずはナショナリズムや政治スタンスとはどういうものかを見直してみてほしい。

梶原麻衣子 | Hanadaプラス

https://hanada-plus.jp/articles/712/

ライター・編集者。1980年埼玉県生まれ。月刊『WiLL』、月刊『Hanada』編集部を経てフリー。雑誌、ウェブでインタビュー記事などの取材・執筆のほか、書籍の編集・構成などを手掛ける。

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