認知戦における中国の「弱点」とは
また、本書では保守派であれば関心が高く、「結構知っている」国である中国・香港・台湾・北朝鮮を巡る本書の論説を読めば、いかに自分が「全然知らないか」を突きつけられることになる。
なぜ北朝鮮がこうもロシアを支持するのかを解説した第4章(宮本悟「北朝鮮の世界観から見た世界の対立」)を読めば、「北がロシア寄りなんてあたりまえじゃないか」の認識も覆るに違いない。そもそも中露ともに西側(アメリカ)に接近していた時期があり、その当時の北朝鮮の反米姿勢は文字通りの「孤軍奮闘」だったからだ。
あるいは、中国がロシアによるウクライナ侵攻をどう見ているか、を分析した第10章(鈴木隆「『お仲間』の政治学――中国のロシア研究とロシア・ウクライナ戦争の『教訓』」)では、多数の中国語文献を参照。ウクライナ侵攻が起きてから「中国はロシアに学ぶ」「ウクライナの教訓を台湾で活用するつもりだ」とざっくり語られるこの辺りの話を、より個別具体的に知ることができる。
「ロシアは今回、認知戦の領域で敗北を喫している」が、その理由を中国は「西側が自らの民主主義や自由主義を喧伝するのを控え、『事実調査確定(fact-check)の世論戦』を実行したことによる」と分析している。こうした認識は、台湾有事で中国が仕掛けるであろう認知戦を防ぐうえで、重要な指摘である。
政治・外交は「総合芸術」
こうした知見は、本来、日々の生活で切実に求められるものではない。読者にとって、専門家の文章や意見は時に迂遠であり、「それが一体、今を考えるうえで何の役に立つのか」と疑問に思うこともあるだろう。
しかし、外交や政治はいわば「総合芸術」であり、歴史や文化はもちろん、ありとあらゆる側面から検証した情報を集めたうえで、何をどうすべきかが判断される。本書が取り組んでいるのはまさに、総合芸術である日本の外交において、正確な判断を下すための下地作りなのだ(この本の元になった研究会は、外務省の外交・安全保障調査研究事業補助金の助成を受けているのもそうした理由からだろう)。
2023年の年末を生きる我々は、この一年あまりでウクライナやガザ地区で起きているような、そして台湾で起きるかもしれないような「ガチの事態」を前にしては、やはり専門家でなければ状況の解説さえ担うことができないのだと、国際情勢の悪化で嫌というほど思い知らされることにもなった。
これまで「リベラル(左派)だから」と括られてきた朝日新聞やNHKにも、軍事の専門家や自衛隊OB、防衛研究所の職員が頻繁に登場することになったのも、その証左だろう。
そうした専門家の一人で本誌にも登場した、東大先端研で准教授になった小泉悠氏も、最終章でロシア・ウクライナ戦争に関する論考を寄せている。
現実に事が起きると、これまでの右左の枠を超えて、過去の経緯と現状を深く理解し、一般視聴者に解説できる能力を持つ人が発信者になるという当然の現象が起きたのである。
ウェブメディア全盛で「誰でも発信者になれる」ようになったことは確かだが、そこからさらに一歩、フェーズが変わったのが現在だ。それこそが「専門家の時代」の到来である。もちろん、専門家でも間違えることはあるわけだが、ならば非専門家ならなおさらというほかない。