対北朝鮮外交の落とし穴|島田洋一

対北朝鮮外交の落とし穴|島田洋一

危惧されるのは、米バイデン政権がブッシュ(子)政権の犯した対北朝鮮外交の歴史的失敗を繰り返さないかである。2007年2月の金融制裁解除を皮切りに、歯止めなき圧力緩和の急坂を転げ落ちていった過去を覚えているだろうか。


10月4日、北朝鮮が推定飛距離約4600キロの弾道ミサイルを発射した。西太平洋の米軍重要拠点グアムに十分届くことから、明らかに米国を睨んだものである。

ここで危惧されるのは、米バイデン政権がブッシュ(子)政権の犯した対北朝鮮外交の歴史的失敗を繰り返さないかである。

圧力緩和で失敗したブッシュ政権

2006年10月9日、北朝鮮が初の核実験を行った。現在と同様、米国では1か月後に中間選挙が迫っていた。イラク戦争の泥沼化に国民の不満が高まる中、中間選挙で与党共和党は上下両院の多数を失った。

その直後、ラムズフェルド国防長官が解任された。チェイニー副大統領と並んで、ラムズフェルド氏は対北朝鮮強硬派の中心人物だった。以後、任期切れまでの2年間、ブッシュ大統領は「圧力は対話を阻害する」との考えに立つライス国務長官、ヒル国務次官補(東アジア太平洋担当)のコンビに対北朝鮮政策を委ね、2007年2月の金融制裁解除を皮切りに、歯止めなき圧力緩和の急坂を転げ落ちていく。

金融制裁の主対象は、北が麻薬・覚醒剤取引、通貨偽造などで不正に得たカネを受け入れていた中国の銀行だった。制裁解除は苦境にあった北朝鮮を蘇生させるとともに、中朝の犯罪的関係を復活させることにもなった。

ライス氏の回顧録に注目すべき記述がある。

2007年1月中旬、ベルリン滞在中のライス氏の部屋に同地で米朝協議に当たっていたヒル氏が「明らかに興奮した」面持ちで飛び込んできた。北朝鮮の交渉代表が突然、金融制裁解除と引き換えに核開発の凍結を行うという「本国の訓令以上に踏み込んだ」案を提示してきたというのだ。相手は翌日帰国するので、直ちに回答したいという。

ライス氏は急遽ブッシュ大統領に電話を入れ、「この問題を大きく動かすチャンスです。明日になればチャンスは消えてしまいます」と受け入れを強く促した。

もし実際に、独裁者金正日総書記の指示を越えた譲歩を担当者が独断で行ったなら、帰国後直ちに処刑されるか収容所に送られるだろう。北朝鮮の常套手段である揺さぶりに米高官がやすやすと乗せられる様に、嘆息を禁じ得ない。

日本はバイデン政権にクギを刺せ

ラムズフェルド氏の後任のゲーツ国防長官は、かねてライス氏と盟友関係にあった。ゲーツ氏がライス氏主導の外交に異を唱えたという記録はない。

ゲーツ氏は、次のオバマ民主党政権でも国防長官に留まり、党派を超えて「穏健派」の間で評価が高いが、退任後、北朝鮮が米国まで届く長距離ミサイルの開発をやめるなら、射程の短い核ミサイルを20発程度持つのは認めるべきだという提言を公然と行っている。日本にとっては論外の話である。

ライス=ヒル路線は、無原則な圧力緩和で北朝鮮の体制を延命させ、拉致問題の解決を阻害し、核ミサイル開発を加速させた。米外交の典型的な失敗例と言える。今後、北朝鮮は核実験も実施する構えを見せている。岸田政権は米政府に対し、決してブッシュ政権末期の轍を踏まぬよう、早めにクギを刺していかねばならない。( 2022.10.11国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国との「100年間の独立闘争」|石井英俊

人権弾圧国家・中国と対峙し独立を勝ち取る戦いを行っている南モンゴル。100年におよぶ死闘から日本人が得るべき教訓とは何か。そして今年10月、日本で内モンゴル人民党100周年記念集会が開催される。


「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】

月刊Hanada2025年9月号に掲載の『「習近平失脚説」裏付ける二つの兆候|長谷川幸洋【2025年9月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


教科書に載らない歴史|なべやかん

教科書に載らない歴史|なべやかん

大人気連載「なべやかん遺産」がシン・シリーズ突入! 芸能界屈指のコレクターであり、都市伝説、オカルト、スピリチュアルな話題が大好きな芸人・なべやかんが蒐集した選りすぐりの「怪」な話を紹介!


ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパ激震!「ロシア滅亡」を呼びかけたハプスブルク家|石井英俊 

ヨーロッパに君臨した屈指の名門当主が遂に声をあげた!もはや「ロシアの脱植民地化」が止まらない事態になりつつある。日本では報じられない「モスクワ植民地帝国」崩壊のシナリオ。


【新シリーズ! 島田洋一の国会閻魔帳②】家族別姓法案の愚 高市案に同意する|島田洋一【2025年3月号】

【新シリーズ! 島田洋一の国会閻魔帳②】家族別姓法案の愚 高市案に同意する|島田洋一【2025年3月号】

月刊Hanada2025年3月号に掲載の『【新シリーズ! 島田洋一の国会閻魔帳②】家族別姓法案の愚 高市案に同意する|島田洋一【2025年3月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


最新の投稿


報道すればヘイトなのか 黙殺されたクルド人犯罪|西牟田靖【2025年10月号】

報道すればヘイトなのか 黙殺されたクルド人犯罪|西牟田靖【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『報道すればヘイトなのか 黙殺されたクルド人犯罪|西牟田靖【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「自動車王」も「英雄」も見事にはまった“陰謀論”|松崎いたる

「単なるデタラメと違うのは、多くの人にとって重大な関心事が実際に起きており、その原因について、一見もっともらしい『説得力』のある説明がされることである」――あの偉人たちもはまってしまった危険な誘惑の世界。その原型をたどると……。


埼玉クルド人問題から見えた自壊する自民党と躍進する参政党|石井孝明【2025年10月号】

埼玉クルド人問題から見えた自壊する自民党と躍進する参政党|石井孝明【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『埼玉クルド人問題から見えた自壊する自民党と躍進する参政党|石井孝明【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【独占手記】我、かく戦えり|杉田水脈【2025年10月号】

【独占手記】我、かく戦えり|杉田水脈【2025年10月号】

月刊Hanada2025年10月号に掲載の『【独占手記】我、かく戦えり|杉田水脈【2025年10月号】』の内容をAIを使って要約・紹介。


【読書亡羊】ウクライナの奮闘が台湾を救う理由とは  謝長廷『台湾「駐日大使」秘話』(産経新聞出版)|梶原麻衣子

【読書亡羊】ウクライナの奮闘が台湾を救う理由とは 謝長廷『台湾「駐日大使」秘話』(産経新聞出版)|梶原麻衣子

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする時事書評!