円安がぶり返されるたびに「悪い円安」論が盛り上がる。それに押された鈴木俊一財務相は、円買い・ドル売りの市場介入を匂わせるのが関の山だ。岸田文雄政権に今求められるのは、円安を日本再生の好機にする強固な意志と戦略である。
企業の弱い設備投資・賃上げ意欲
9月8日時点の円の対ドル相場は143円台で、1月末に比べた下落率は26%である。他通貨の対ドル下落率は中国の人民元9.1%、韓国ウォン16%、ユーロ13%で、円安幅は大きい。だが、米国の利上げが続く中、世界で唯一マイナス金利政策を堅持する日本の円が安くなるのは当然の帰結である。
考えても見よ。日本は1990年代初めのバブル崩壊後の円高のために、国内市場が萎縮し、企業は国外に脱出する悪循環に陥った。円安はその流れを逆転させる最有力手段である。日本のカネと技術を引き込んで国力を膨張させてきた中国への投資と生産を企業はやめて、国内に帰ってくる。以前の円高のために国際競争力を失った半導体産業は韓国勢を巻き返せる。
2012年末に始まったアベノミクスは円高を是正した。国内総生産(GDP)に占める輸出の比率は同年末で14%弱だったが、上昇を続け、最近では20%を超えている。他通貨に比べて安くなる円は、日本国内での生産を一段と有利にする。
問題なのは、企業が増える収益を設備投資や賃上げなど国内経済に配分するのに腰が引けていることだ。
財務省所管の法人企業統計によれば、今年4〜6月期を円安傾向が始まった前年同期(2021年4〜6月期)と比べてみると、企業の利益剰余金は49兆円、12カ月合計の経常利益は16兆円それぞれ増えた。対照的に設備投資(12カ月計)は4兆円増にとどまり、従業員給与・賞与・福利厚生費合計は950億円減った。GDPは4〜6月の年率換算で547兆円、前年同期比5.95兆円増に過ぎない。
利益剰余金増加分49兆円のうち20兆円でも設備投資や賃上げに回せば、産業界も家計も活気づくだろう。ちなみに2020年度の新型コロナウイルス対策の国民一人当たり10万円の給付総額は12兆8800億円である。
必要なのは財政主導のデフレ脱却
今、岸田政権が取り組むべき政策は財政主導による脱デフレであり、産業界がカネを実物経済に投入する気にさせることだ。日本の消費者物価上昇率は2%台だが、国内で生産されるモノとサービスの総合物価指数であるGDPデフレーターはマイナス続きで、日本はデフレ不況期に舞い戻っている。デフレ圧力の下では、企業はコスト増を価格に転嫁できず、設備投資や賃上げをためらうのだ。(2022.09.12国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)