ロシアのウクライナ侵略に対する西側諸国の経済制裁とロシアの報復により、石油、天然ガスをはじめとするエネルギー価格が高騰する中で、電力需給は今冬へ向けて厳しい状況が続く。エネルギー資源を持たない我が国にとって、原子力発電所の最大限の活用は国家存続の唯一の選択肢である。岸田文雄首相が次世代型原発の開発・建設の検討を指示するなどエネルギー政策の大転換を打ち出したことはインパクトが大きく、原発活用へ向けて今までほとんど指導力を発揮しなかった首相のクリーンヒットである。
規制委の審査迅速化へ
首相の今回の指示で重要な点の一つは、電力需給の逼迫が特に懸念される東日本の原発再稼働のため、原子力規制委員会に安全審査の迅速化を求めたことだ。これまでに再稼働した10基に加え、来夏以降に全国で新たに7基の原発を再稼働させ、低廉な電力を安定的に供給することは、首相の目指す新成長戦略の実現に不可欠だ。
さらに、次世代型原発の開発・建設の検討指示は、原発メーカーやそれを頂点とする膨大なサプライチェーンの企業群の設備投資、人材の確保を促す。「脱原発」の潮流により原子力産業が断崖絶壁の状況に差し掛かっていた中で、産業の衰退に辛うじてブレーキがかかった。
2012年9月に原子力規制委が発足した際、脱原発派の菅直人首相(当時)は「トントントンと10基も20基も(原発が)再稼働することはあり得ない。規制委は活断層の議論をしているからだ」と言い放ったが、その緩慢な審査が10年間続いてきた。電力会社はその超長期の安全審査と工事認可の遅延、航空機テロ対策施設の工事の遅れに伴う運転停止命令など、散々な規制を被ってきた。規制委は米国の規制の良いところを取り入れ、事故の防止へ向けた事業者自身の真剣な取り組みを促すべきなのだ。
岸田首相の方針転換を受けて、いくつかの電力会社から、安全審査を加速するための規制当局の技術的なアドバイスがあったとの情報が入った。首相の鶴の一声で規制側の態度が変わったのは、結構なことである。
次世代原子炉は安全装置を標準装備
今後新増設される次世代型の原子炉は、東京電力福島第一原発事故の教訓を生かし、万一の事故の場合でも原子炉が自然冷却により停止する機能や、放射性物質を濾し取ってから排気するフィルタベント、格納容器下部注水による原子炉圧力容器冷却、炉心の溶融物を受け止めて冷却し格納容器の損傷を防ぐコアキャッチャーが標準装備されたものになるであろう。
欧州加圧水型炉(EPR)や中国の国産原子炉「華龍1号」にもこれらが標準装備されている。日立GE社が英国に輸出しようとした英国版改良型沸騰水型原子炉(UK-ABWR)や、三菱重工と仏フラマトム社が共同で開発を進める次世代炉にも装備されている。小型モジュール炉(SMR)に採用されたこうした革新的な自然冷却システムを100万キロワット級の次世代軽水炉にも適用するのだ。(2022.08.29国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)