陰謀論本読むよりこの一冊!
ロシアによるウクライナ侵攻は、侵攻開始前からロシア軍の動向が伝えられていた。アメリカが情報を積極的に公開し、ロシア側を牽制していたためだ。さらにはウクライナの人々がスマートフォンから発信する現地情報が、「戦地」の苛烈さを伝える。情報戦、特に世論工作に長けてきたロシアも、これには手を焼いている。
だが一方では、これだけ事態の経過が見えやすいにもかかわらず、「ロシアは罠にはめられた」「アメリカが誘い出した」との解説や、「ウクライナ住民虐殺はフェイク」というような陰謀論まがいの情報も依然として飛び交っている。
そんな情報環境の中、「ロシアによるウクライナ侵攻について経緯と国際社会の姿勢がよくわかる、誰にでも安心しておすすめできる待望の一冊」が、増田雅之編著『ウクライナ戦争の衝撃』(インターブックス)だ。
帯にもあるように、〈防衛省防衛研究所の俊英〉の方々が、侵攻までの経緯、米ロの思惑、中国・オーストラリア・ASEAN各国の対ロ姿勢などを、それぞれの専門に沿って解説。コンパクトな作りながら、広範かつ的確なポイントを抑えられる作りになっている。
侵攻の理由は「NATOの東方拡大」ではない
ロシアのウクライナ侵攻の理由として「NATOの東方拡大」を挙げる向きは多い。「約束の有無は問題ではない。ロシアを追い詰めたという事実が重要だ」という意見も、根強く残る。
だが山添博史氏担当の第二章では、侵攻直前の米ロ協議の経緯を追い、〈NATOを巡る問題は直接的な(侵攻の)理由ではなかったことを示している〉と、この説を否定(ただし今後は「ロシアが感じる脅威感の軽減」が必要、と指摘)。さらに第六章の座談会で、次のように指摘している。
〈これまでのロシアは相手の分断に主眼を置いてきましたが、今回は……結果的に相手側の結束を強化させています〉
事実、フィンランドやスウェーデンがNATO入りを表明する事態に至った。ロシアが本当に「NATOの拡大」に危機感を抱き、阻止したいがためにウクライナ侵攻をしたとすれば、まったくの裏目に出てしまったことになる。
一部には、反米心からなのか、あるいは戦前の日本と重ねるためか、ロシアを「被害者」視したがる人たちもいる。
だが、そうなるとロシアは「NATO拡大に被害意識を持つほど追い詰められていたのに、自らが蒔いた種でかえってNATOの結束を強めてしまった」ことになる。ましてや「アメリカに誘い出された」と言い出せば、ロシアの情勢の判断能力はもちろん、主体性さえも疑われることになる。
ロシアをかばいたいがための無理筋は、ロシアを無能と仮定しなければ成り立たない非現実的なものになりかねない。