岸田文雄政権は5月末に発表した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)原案で、「基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の2025年度黒字化目標を堅持する」との記述を外した。
喫緊の課題である防衛費の倍増を考えても当然の選択だが、原案には財務省の企図が各所に散見された。例えば、全般的な財政支出抑制や消費増税による財源確保をうたった2018年以降の骨太の方針にある路線を来年度予算編成にも踏襲するという。原案は今週内にも閣議決定され、正式な政府方針となるが、岸田政権が本気で防衛力の増強と「新しい資本主義」による経済再生を果たすつもりなら、財政収支均衡化の呪縛から完全に抜け出す固い決断が欠かせない。
国家財政は家計と違う
PBは、国債費(国債の元本返済や利子の支払いに充てられる費用)を除く財政支出(歳出)を税収・税外収入でどれだけ賄えているかを示す指標のことだ。これまで四半世紀もの間、日本経済がおしなべてゼロ成長にとどまった背景には、政府がPB黒字化にこだわって、将来の成長に向けた先行投資をけちってきたことがある。財務省はPB目標をこれら緊縮財政実行の誘導路としてきた。
メディアの多くが財務省のレクチャー通り、しばしば国の会計を家計に例える。家計は何はさておき働き手の収入の範囲内に支出をとどめざるを得ないのだが、国家財政は家計と全く異なる。それを混同すれば国力の衰退を招く。
財政支出の主な項目は社会保障、公共事業、文教・科学振興、防衛だ。社会保障は国民生活の安定を支え、公共事業、文教、防衛関係の支出はいずれも将来の生産に欠かせない道路などのインフラを整備し、人を育て、国の安全を外敵から守る。国債という借金を原資に先行投資することで、国家全体の所得、即ち国内総生産(GDP)を増やせるのだ。PBの制約の下では、首相の言う「人への投資」「脱炭素」「防衛費の相当な増額」は画餅に終わりかねない。
成長なくして財政健全化なし
日本は1990年代以降、ほぼ一貫して世界最大のカネ余り国だ。2021年末で、家計が1657兆円以上もの純金融資産を持ち、政府の純負債709兆円、海外の対日純負債412兆円を楽々と賄っている。しかも、経済学上の知見では、経済成長率が国債金利を上回る状態が続けば、財政赤字は維持できる。GDPが増えれば税収は増えるし、政府債務のGDP比も上昇しないので、財政危機は起きない。成長なくして財政健全化なしなのだ。( 2022.06.06 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)