【読書亡羊】婚活で知る「市場原理」の冷酷さ 高橋勅徳『婚活戦略――商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)

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その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


SNSで話題、即重版に

今年一番の衝撃作である。

44歳の経営学の学者である高橋勅徳氏が自ら「婚活市場」に参戦、市場原理化した戦いの場で完膚なきまでに散った経験をもとに、「婚活市場のメカニズム」をこれまでの学問の粋を尽くして分析した『婚活戦略――商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)

その荒涼とした婚活現場の一端がツイッター上で紹介されるとすぐに広く拡散し、本書は一時ネット書店で品切れ状態に。すぐに重版が決まった。

紹介された「現場の一端」についてもぜひ本書で確認していただきたいのだが、ざっくりと説明するとこういう場面であった。

婚活パーティで出会った女性と、「それなりの仲」になり一泊旅行まで計画していた高橋氏。旅行前に「きちんとした関係にしておいた方がいいだろう」と意を決して、結婚前提の交際を改めて申し込む。ところが相手の女性は断ってきた。婚活パーティで出会った相手なのに、なぜ「結婚前提の交際」を断ったのか。

そこには「市場原理とは何か」を考えさせられる理由があるからなのだが、驚くのはそれだけではない。女性は続けて、相手の気持ちを徹底的に踏みにじる要求を突き付けてきたのである。

高橋氏は「いや、それ無理だわ」と言い残し、席を立った。そのインパクトはあまりに大きく、当初こそ怒りを覚えた高橋氏だったが、〈怒りも悲しみも、すべての感情が無に帰っていった〉という。
あまりのインパクトゆえにネット上で大いに拡散されたのだが、本書にはこれを上回るようなエピソードがほかにも登場する。

最終的に、高橋氏は「婚活市場」という戦場から退却する。年齢こそ初婚にしては高めだが、少なくとも高学歴、高収入を達成している高橋氏が、なぜこうも理不尽な目に遭うのか。

本書ではそのメカニズムが「当事者の目」と「研究者の目」の双方から描き出されている。

婚活戦略 - 商品化する男女と市場の力学

氷よりも冷たい婚活女性の態度

婚活男性の失敗談、と聞くと、多くの人がおそらくこうしたイメージを抱くだろう。

「自分ばかり話して、女性の話を全く聞かない」「容姿や服装に頓着がない」「カップル成立後の食事の機会に選ぶ店がダサい」「相手も働いているからと言って割り勘を強要する」……などなど。

しかし本書で紹介される婚活、特にマッチングサービスの現場は、率直に言ってそういうレベルの話ではない。「お互いが望む条件」がマッチしたからこそ引き合わされたはずなのに、女性は「アリかナシか」を瞬時に判断し、「ナシ」となればもう挽回は不可能なのである。

高橋氏が体験した実際の例が紹介されているが、「ナシ」と判断した女性の態度は氷よりも冷たく、鉄よりも固い意志で男性との会話を拒絶している。「人を人とも思わない対応とはこういうことを言うのか」と思い知らされるほどだ。

はっきり言って、LINEやSNSのbot(自動的に一定の返事を返してくるロボット)とのやり取りのほうがまだしも血が通っている。

なぜこうなるのか、を学術的に分析しているのが本書の面白いところだ。

男性の属性は徹底的にデータ化され、プラス容姿が優れているかどうかを判別され、人によってはファッション指導まで受けたうえで「商品化」される。

〈婚活男性は商品として婚活総合サービス企業が用意するショウウィンドウに並び続けることを強いられていく〉、つまり徹底して「選ばれるのを待つ側でい続ける」ことになるという。

一方、女性は婚活市場において徹底して「選ぶ側」であり、45歳という「女性にとっての婚活市場からの退場年齢」になるまで、自らの価値(特に年齢と容姿)に見合う商品のなかで「最も価値のある商品」を選び取ろうとしている。

それゆえ、端から「(自分が得るべき商品としての)条件に満たない」と判断された男性へのあたりはきつくなる。「付き合うだけ時間の無駄」だということなのだ。

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