谷口智彦のこの一冊|小野圭司『日本 戦争経済史~戦費、通貨金融政策、国際比較』

谷口智彦のこの一冊|小野圭司『日本 戦争経済史~戦費、通貨金融政策、国際比較』

安倍晋三前総理のスピーチライターを務めた慶応義塾大学大学院教授の谷口智彦氏が選ぶ珠玉の一冊!


2016年の5月1日、麻生太郎副総理兼財務大臣は、ロスアンゼルスのザ・ビバリー・ヒルトンにいた。同ホテルを会場に大物投資家たちが集まる会議に出て、英語で一席ぶった麻生氏は、目を丸くさせるエピソードを紹介した。  

日本は信義を守る国だと説くため麻生氏がもちだしたのは、日露戦争の戦費を得ようと高橋是清が英米投資家に売りさばいた外貨建て日本国債を、英米相手の戦争になっても日本はチャラにしなかった、どころか、戦後だいぶ経つまで営々と償還(支払い)したという話だ。「どうです、安全確実ですからひとつ日本に投資を」というワケだった。  

京都大学で経済学を修め、住友銀行(当時)で8年働いたのち1997年以来防衛省防衛研究所に務める小野圭司氏が、このたび『日本 戦争経済史』という本を出した。これを読むと、麻生氏の話は正真正銘ホントだったのだとつくづくわかる。  

日露戦争の戦費に調達した外債を返し終えたのは、1970年。日清戦争の外債償還にはもっとかかって、完済したのは1985年だと書いてある。「プラザ合意」で日本が世界最大の債権国に躍り出たその同じ年に、ニッシンセンソウ(!)の借金返済がやっと終っていたとは。  

本書を労作と呼ばずして、何をそう呼べようかという出来栄えは、たくさん出てくる表のひとつひとつを見れば明らかだ。  

戊辰戦争、西南戦争から日清・日露を経て日華事変・太平洋戦争まで。兵隊をどう養い、食わせ、着させたか(ただ歩かせるだけでも兵隊にはカネがかかる)。軍艦をどうやって買ったか。数字に正確を期したうえ、それを当時の日本経済・財政の規模や、諸外国のそれと比較しながら論じるために、骨惜しみをしない著者はいくつもの表をつくった。  

たゆまぬ努力の賜物というべき表を眺めつつ思うのは、戦争というもの、軍刀を吊るし参謀肩章をさげた将校たちすべてが鬼籍に入ったあとも、まぁ長く続くものだということだ。借財の後始末は、世代を越え、大蔵省(当時)理財局の吏員が背負った。謳われざるそんな戦士の誰彼は、本書の出現をもって瞑すべしだ。  

麻生氏が言うとおり、ごく一部帳簿上の名目的な債務を例外として、日本は、外国から借りたカネも、日本国内でつくった借金も律儀に返した。勝ち戦にも、負け戦にもきちんとけりをつけている。誰をほめたらいいのかわからないが、エライ。  

138ページに、衝撃的な数字がある。日露戦争で東郷平八郎が乗った、かの戦艦「三笠」。その値段は、竣工年の一般会計歳出に対し4・4パーセントに達した。この比率を今日の予算に当てはめると、三笠1隻で、最新鋭イージス艦28隻が買える計算になる。日露戦争へ向けつくったほかの戦艦、装甲巡洋艦の調達額合計を同じように今日の財政で比較すると、わが国は「イージス護衛艦三百隻超を対露戦に向けて整備したことになる」のだと。  

中国を舞台に日本が演じた通貨の信用をめぐる戦いを、当該分野の先駆者・多田井喜生という人の業績に依りつつ論じたあたり、もうひとつの読みどころ。比較対象として米国の南北戦争を詳しくみているところも、戦争の「台所事情」は各戸それぞれ苦労だったことを偲ばせ、意外な共感を抱かせる。  

戦争をカネから眺めると、見える景色はかくも違うものか。(初出:月刊『Hanada』2021年9月号)

日本 戦争経済史 戦費、通貨金融政策、国際比較

¥ 4950

谷口智彦

https://hanada-plus.jp/articles/769

1957年、香川県生まれ。東京大学法学部卒業後、雑誌『日経ビジネス』記者を約20年。その後、外務省外務副報道官などを務め、第二次安倍政権発足後、首相官邸に入り内閣審議官。2014年4月より内閣官房参与。安倍総理退陣と同時に辞任。慶應義塾大学大学院教授。著書に『通貨燃ゆ』(日経ビジネス)『日本人のための現代史講義』(草思社)『誰も書かなかった安倍晋三』(飛鳥新社)など。

関連する投稿


ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

「日本は報復措置を覚悟しろ!」――ロシア外務省はなぜ「ロシア後の自由な民族フォーラム」に対して異常ともいえる激烈な反応を示したのか。


今にも台湾侵略が起きてもおかしくない段階だ|和田政宗

今にも台湾侵略が起きてもおかしくない段階だ|和田政宗

台湾をめぐる中国軍の「異常」な動きと中国、ロシア、北朝鮮の3国の連携は、もっと我が国で報道されるべきであるが、報道機関はその重要性が分からないのか台湾侵略危機と絡めて報道されることがほとんどない――。台湾有事は日本有事。ステージは変わった!


インボイス反対派を完全論破!|デービッド・アトキンソン

インボイス反対派を完全論破!|デービッド・アトキンソン

10月から開始されるインボイス制度。反対論が喧しいが、なぜ、子供からお年寄りまで払っている消費税を、売上1000万円以下の事業者というだけで、免除されるのか。 まったく道理が通らない!


中国の金融危機でリーマン級災厄の恐れ|田村秀男

中国の金融危機でリーマン級災厄の恐れ|田村秀男

国内金融規模をドル換算すると、2022年に38兆ドルの中国は米国の21兆ドルを圧倒する。そんな「金融超大国」の波乱は米国をはじめ世界に及ぶ。


親日国パラオに伸びる中国の〝魔の手〟|和田政宗

親日国パラオに伸びる中国の〝魔の手〟|和田政宗

パラオは現在、中国による危機にさらされている。EEZ(排他的経済水域内)に海洋調査船などの中国公船が相次いで侵入しており、まさに日本の尖閣諸島周辺に近い状況となっている――。(サムネイルは筆者撮影)


最新の投稿


【レジェンド対談】出版界よ、もっと元気を出せ!|田中健五×木滑良久

【レジェンド対談】出版界よ、もっと元気を出せ!|田中健五×木滑良久

マガジンハウスで『BRUTUS』『POPEYE』などを創刊した名編集者・木滑良久さんが亡くなりました(2023年7月13日)。追悼として、『文藝春秋』で「田中角栄研究」を手掛けた田中健五さん(2022年5月7日逝去)との貴重な対談を『Hanada』プラスに特別公開! かつての出版界の破天荒さ、編集という仕事がどれだけおもしろいのか、そして木滑さんと田中さんがどのような編集者だったのかを知っていただければうれしいです。


慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃|松木國俊

慰安婦問題を糾弾する「日韓共同シンポジウム」の衝撃|松木國俊

日本側の慰安婦問題研究者が、「敵地」とも言うべき韓国に乗り込み、直接韓国の人々に真実を訴えるという、大胆で意欲的な企画が実現した。これまでになかった日韓「慰安婦の嘘」との闘いをシンポジウムの登壇者、松木國俊氏が緊急レポート!


ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

ロシア外務省から激烈な抗議|石井英俊

「日本は報復措置を覚悟しろ!」――ロシア外務省はなぜ「ロシア後の自由な民族フォーラム」に対して異常ともいえる激烈な反応を示したのか。


【今週のサンモニ】日本国民に対する卑劣なヘイトと差別|藤原かずえ

【今週のサンモニ】日本国民に対する卑劣なヘイトと差別|藤原かずえ

『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。今週はやたらと「ヘイト」「差別」といった言葉が飛び交いました。


イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者|石井陽子

イーロン・マスクが激奨する38歳の米大統領選候補者|石井陽子

米史上最年少の共和党大統領候補者にいま全米の注目が注がれている。ビべック・ラマスワミ氏、38歳。彼はなぜこれほどまでに米国民を惹きつけるのか。政治のアウトサイダーが米大統領に就任するという「トランプの再来」はなるか。