岸信夫防衛相は2月末、中国海警局の船が尖閣諸島周辺の日本領海侵入を繰り返していることを念頭に、外国公船の乗員が同諸島に上陸しようとする場合、自衛隊による「危害射撃」(相手に危害を加える射撃)が可能との見解を述べた。
我が国の法体系では、自衛隊の平時の海上警備行動と有事の際の防衛出動との間のいわゆるグレーゾーン事態における規定がないことから、中国は近年その弱点を突く戦略を取ってきた。その第一が2013年の海上法執行機関の海警への統合であり、第二に、2018年にその海警を行政機関である国務院から党中央軍事委員会の指揮下に移管した。そして第三として今年2月、海警法を施行し、中国の「管轄海域」で外国船に海警が武器を使用できることを明記した。
日本は冒険主義でない
中国は2016年の国際仲裁裁判で南シナ海の支配を国際法上認められないと裁定されたにもかかわらず、そのほぼ全域を実効支配し、ベトナムやフィリピンの船に対する実力行使を行っている。従って、海警法を制定して武器使用を明記したのは、東シナ海とりわけ尖閣諸島の実効支配を企図したものと考えられる。
海警法が施行された2月1カ月間に、海警の船が尖閣諸島周辺の日本領海に侵入したのは6日間、延べ14隻だった。1月は3日間、延べ6隻、昨年12月は3日間、延べ8隻だったから、日数も隻数も倍増した。にもかかわらず、海上保安庁は縄張り意識からか、警察権で対応できるとして自衛隊の役割拡大に賛成していない。
2015年の平和安全法制整備の際、自衛隊がグレーゾーン事態に対処する領域警備法の制定を含めなかった理由として、当時の安倍晋三首相は「日本側が事態をミリタリーのレベルにエスカレートさせたとの口実を与える恐れ」があるため、と国会で述べた。その背景には、無人島である尖閣をめぐる日中間の紛争に巻き込まれたくないという同盟国・米国の意向があったものと推測する。米海軍大学の学術誌ネーバルウォーカレッジ・レビュー2020年秋季号に載った論文「グレーゾーン紛争時代の同盟のジレンマを改善する―日米同盟から学ぶ教訓」は、尖閣防衛に関する部分で、日本の「冒険主義」に米国が引きずられる恐れを指摘している。
自衛隊に「領域警備」任務を
中国の攻勢に対処するには、法的には警察権の強化と、自衛隊出動の要件緩和という二つのアプローチがある。前者が今回の危害射撃の容認であったとすれば、後者は自衛隊への領域警備任務の付与であろう。
中国が仕掛ける法律、世論、心理の三戦に対し、我が国も三戦で国際社会に訴える必要がある。(2021.03.08 国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)