「つくる会」教科書不合格 文科官僚の不正|藤岡信勝

「つくる会」教科書不合格 文科官僚の不正|藤岡信勝

「新しい歴史教科書をつくる会」が作成した中学歴史の歴史教科書が文部科学省の検定で不合格となったが、それは検定は結論ありきの異常なもので、いわば文部科学官僚の不正によるものだった! 検定結果と不正の内容の告発第一弾!(初出:『Hanada』2020年4月号)


検定結果通告の日

暑い夏もとうに去り、晩秋の気配が漂う令和元年(2019年)11月5日、文部科学省が一角を占めている大きな建物の裏口に当たる地下から、長いエスカレーターを上がって外来者用の入口を入った。文科省の庁舎は外務省のように桜田通りに面して大きな玄関を構えておらず、どこか「裏口入学」という言葉が頭をよぎるような日陰者の佇まいを感じさせる。

エレベーターを7階まで上がると、狭い廊下を少し歩いて初等中等教育局教科書課のドアに辿りつく。中に入ると、若い女性職員が別室に案内してくれる。長方形の広い部屋に矩形の長いテーブルがあり、その一方の側に私たちは席を占めた。向かい側は、あとで入ってくる文科省側の教科書調査官が座る席だ。

今日は令和元年度に実施された教科書検定の結果が通告される日である。私は、1997年に「新しい歴史教科書をつくる会」が創立されてから、同会が推進する中学社会歴史的分野の教科書の執筆者の一人として、過去に5回、同じ場面に立ち会っている。同僚は他の執筆者と発行元の自由社社員などである。

少し待つと、教科書課検定第一係の女性の係長が書類をもって現れ、書面を見ながら検定結果を告げる。いつもの流れである。裁判の判決言い渡しになぞらえれば、裁判長による「主文」の読み上げに当たる。通告は、「留保」と「不合格」の二つの可能性がある。私たちは固唾をんで「判決」を待った。

ここで、どうして「合格」か「不合格」かの二つの可能性と言わないのか、疑問が生じるはずである。そこが検定制度にかかわる言い回しの独特なところで、文科省用語では、この段階での「合格」は検定意見が「〇」ということを意味する。そういうことは普通あり得ない。だから、この可能性は除外しておいたのである。

では、「留保」とはどういうことかというと、合格・不合格の判定を「留保」するという意味なのである。このあとの手続きは、文科省側から「検定意見書」という名称の一覧表の書類が交付される。それに基づき、出版社側は教科書の内容を修正し、正誤表の形にして文科省に提出する。

それに対し、文科省の教科書調査官が出版社を呼び出して、個々の項目について、これで良いとか、この修正ではダメだとか回答する。出版社はダメ出しをされた項目について再度修正表を出し……という具合に、教科書調査官が「これで良し」と言うまでこのプロセスは繰り返される。そして、ついに全ての項目がクリアされると、初めて「合格」の通知が出るという仕組みになっている。これが検定の通常のプロセスである。

さて、この日、係長の口から出た言葉は「不合格」であった。しかし、私は少しも驚かなかった。なぜか。それを次に説明しよう。

つくる会教科書、異例の不合格 「欠陥」405カ所指摘:朝日新聞デジタル

https://www.asahi.com/articles/ASN2P7456N2PUTIL049.html

 「新しい歴史教科書をつくる会」系の自由社が発行する中学歴史の教科書が、文部科学省の検定で不合格となったことがわかった。つくる会が21日に会見で明らかにした。過去に合格した教科書が不合格となるのは極め…

朝日新聞も《過去に合格した教科書が不合格となるのは極めて異例》と。

「不合格」の二つのケース

いままでも「不合格」を宣告されたことはあった。初めは誰でもこの言葉を耳にすると、ひどく驚く。私もそうだった。しかし、この段階での「不合格」は「いったん不合格」ということであり、「仮不合格」という意味である。その証拠に、係長の口から続いて出る言葉は「70日以内に申請図書を作り直して再申請して下さい」というものである。

「不合格」の場合は、検定用の申請図書(通称は「白表紙本」)そのものを作り直して、70日以内に再申請するのである。その後は通常の検定プロセスが始まる。それでも年度内には合格し、採択戦に臨むことができる。

これまで5回にわたるつくる会の教科書も、この手段を経て「合格」してきた。

だから、「不合格」と言われても、それで事が終わるのではなく、再申請して復活することができる。私が「不合格」という言葉に驚かなかったのは、そういうわけだったのだ。

しかしこの日は、その先が以前とは違っていた。係長は、「反論される場合は、20日以内に反論書を提出して下さい」と言ったのである。こういう言葉は初めて聞いた。

これはどういうことかというと、つけられた検定意見の数が「著しく多い」場合は「70日以内再申請」の復活ルートは認められず、反論権は形式的に与えられるが、その反論を認めるかどうかも文科省側、即ち検定する側の自由裁量に任される。

つまり、同じ「不合格」(内容的には「仮不合格」)でも程度の差があり、二つのケースがあることになる。二つとは即ち、①70日以内再申請ルート②20日以内反論書提出ルート、の二つである。

この違いは、プロ野球で終盤の優勝争いをしている野球チームの状態に喩えるとわかりやすいだろう。①はまだ自分が努力すれば優勝の可能性があるという状態であり、②は自力優勝がなくなった状態である。②では優勝を争うライバルチームが残り十試合のうち全敗してくれれば奇跡的に優勝が転がり込んでくることもあり得るが、一勝でもしたら「ジ・エンド」である。確率的にはそんなことは考えられない。

『新しい歴史教科書』は、「自力優勝ナシ」の野球チームの状態に追い込まれたのである。反論書を出しても、それをスンナリ認めるとは考えられないからだ。

なお、ここでは煩雑になるので、①と②の二つのルートが何を基準に分けられるのかについては、あとで説明する。

空前の数の欠陥箇所

続いて、教科書課の事務方から「不合格となるべき理由書」というタイトルがついた書類が渡された。書類は次の二つのパートからなっている。

1 検定審査不合格理由
2 欠陥箇所

表紙を兼ねた一枚目の「1 検定審査不合格理由」は7行ほどの記述で、不合格の最大の理由として「欠陥が著しく多く、教科用図書として適切性を欠いている」と書かれている。そのページの以下は余白となっている。

表紙をめくると、上部に「2 欠陥箇所」というタイトルが付いており、十箇の欄が設けられている。以下、どのページも同じ形式である。全部で43枚もある。

欠陥箇所が全体でいくつあるかを見るために最後のページを開くと、その最後の番号が「405」となっている。欠陥箇所405件! 空前の数だ。いままでも300台の検定意見を付けられたことはあったが、400の大台に乗ったのはこれが初めてである。

「そんなはずはない」という思いが最初にこみ上げてきた。『新しい歴史教科書』は過去に5回の検定を受け、いずれも合格してきた。

ただ、編集ソフトの不具合のため、最終段階で大量の変換ミスを発生させてしまったことがあった。教科書検定基準では「誤記・誤植」に分類される誤りであり、その一つひとつが検定意見の数にカウントされるから、合計で300件以上の検定意見となった。

今回は、もちろんそういうことはない。特に今回は、学習指導要領が改訂されて最初の教科書となる。新学習指導要領では世界史的な分野の内容が増えた。それに伴い、新たに書き足した部分がある。そういう箇所はミスが発生しやすいので、教科書制作にあたって二つの大方針を立てた。

一つ目の方針は、本文は現行版の記述を大きくは変えず、なるべくそのまま活かすことである。コラムの類も、特に問題がなければできるだけそのまま活かすことにした。とはいえ、新版を出すのだから、全て旧来のままというのは退嬰的である。部分的には、いままでに取り上げたことのない斬新な記事も入れることにした。執筆メンバーが一部変わったことも大きい。新しい知恵やアイデアを活かさない手はない。

二つ目の方針は、徹底した校正作業を行うことである。そのため、合計25回に及ぶ校正を繰り返した。そのうちの一回はメディアで仕事をしてきたベテランの校正マンによるものであり、数回は「新しい歴史教科書をつくる会」の支部の会員有志がチームをつくって行った作業であった。そういうわけで、よもやこれほど多数の「欠陥」が生じるとは想像もできなかった。

教科書課の事務方の担当者は、「書類をご覧になって、教科書調査官に質問があれば電話でご連絡下さい」と告げて立ち去った。部屋には内線用の受話器が一台置いてある。今日の面会は午後1時から4時までの3時間と決められている。

まず、自分たちが予習をして、予習が済んだら教科書課に電話をかけ、教科書調査官を呼び出して疑問のあるところを質問し説明してもらいなさい、というのが事務方の人が言ったことの意味である。

過去の例では、30分ほど交付された書類の中身を見てから電話をかけると、教科書調査官が数名入室する。それから残りの時間いっぱいを使って、対面して説明を受けるというパターンがほとんどだった。主任格の教科書調査官が、手際よく全体にわたって説明することもあった。もちろん、項目によっては近い専門分野の教科書調査官が説明した。

しかし今回だけは、同僚スタッフも書類に見入ったままで、なかなか書類から目が離せない。「酷い! 酷い!」と盛んに独り言をつぶやいている。

いったい、「欠陥箇所」には何が書かれていたのだろうか。いくつか例を挙げよう。

「揚げ足取り」検定の醜悪さ

「欠陥箇所」の通し番号で10番目は、申請本3ページの囲み記事である。

これは「日本歴史の舞台」と題する歴史の導入のページで、見開き2ページの真ん中に択捉島から沖縄に至る日本列島の地図が配されている。日本列島はほとんど緑でおおわれていて、海岸線や川沿いに、ところどころに平地があるだけだ。これは高度1万メートルの上空から見た、日本列島の姿なのである。

高度1万メートルから見た日本は「緑の国」、高度1000メートルから見た日本は「水田の国」、高度百メートルから見た日本は「町工場の国」というふうに、高度を下げると視野に入るものが違ってくることを、日本の歴史と重ね合わせて考えるという趣向である。時間と空間が不思議に対応している。「三つの日本が見えてくる」というこのコンセプトは、宗教学者・山折哲雄氏のエッセイに触発されたものである。

さて、文書の「指摘事項」の欄では、次の箇所がこの教材から引用されている(以下、理由書からの引用は《 》で括る)。

《「3 高度100メートルから見た日本は「町工場」の国だ」中、「黒船来航で西洋文明の衝撃を受けた日本はこの150年間に工業立国をめざして成功しました」》

この記述のどこがいけないとされたのか。それは「指摘事由」欄に書いてある。

《生徒が誤解するおそれのある表現である。(150年間)》

生徒は何を誤解するおそれがあるのか、にわかには分からない。推測するところ、ペリーが来航してからいままでが「150年間」である、と「誤解するおそれのある表現」だというのであろう。ペリー来航は1853年、この教科書を生徒が使い始めるのは2021年だから、ペリー来航からは168年となる。したがって、「150年」は誤りで「170年」でなければならない、と言いたいのだろう。

しかし、これは典型的な「揚げ足取り」に過ぎない。文章は書かれているとおりに読むのが「読み」の常道である。筆者が「この150年」と書いているのだから、いまの時点から150年を対象としているのである。文章の内容を決める権利は筆者にあって、読み手にはない。

「いま」の時点を仮に2021年とすれば、150年前は1871年となる。明治初年である。大雑把に言えば、明治初年から150年ということである。「西洋文明の衝撃を受けた日本」は明治維新の転換を成し遂げて、新しい国づくりに踏み出してからの「この約150年」に工業立国を目指したのだ。黒船来航から、すぐ「工業立国」を目指したはずがない。だから、引用された文章は、断じて「欠陥箇所」ではない。

合格ズミの記述も標的に

そもそも、平成26年度の検定に合格した現行版の『新版 新しい歴史教科書』(代表執筆者・杉原誠四郎)にも、右の「欠陥」とされたのと同じ、「黒船来航で西洋文明の衝撃を受けた日本はこの150年工業立国をめざして成功した」という記述が存在する。このことから見ても、教科書調査官がこれを問題にするのは全く不当である。

そればかりではない。多くの同じ例がすでに見つかっている。先に述べたように、現行版をなるべく踏襲してつくるというのが自由社の大方針であった。安全を図ったのである。その、すでに検定に一度合格した記述まで標的にされたのでは、執筆者としては立つ瀬がない。

あとの面接の場面で、4人の教科書調査官の在職年数を訊いてみた。最長が20年で、最短が7年だった。4人は、いずれも前回の2014年度の検定に従事していた。自分たちが検定で合格させた記述を欠陥箇所に指定するとは何ごとか。申請本で欠陥というなら、現行版でも欠陥だということになる。

それなら、まずその責任をとって教科書調査官を辞任し、それから批判すればよい。このような行為は、ブーメランとなって自分にふりかかってくるのである。それをかむりして、民間の会社に責任を負わせ不合格にする。許すことのできない悪行である。

おかしな指摘がゾロゾロ

さらに欠陥箇所のページをパラパラとめくると、おかしな箇所がいろいろとある。とりあえず、二つあげてみる。

▽欠陥箇所番号194番。「戦国大名」の単元に「300年以上命脈を保った毛利氏」というコラムをおいた。これに欠陥箇所の指摘があった。指摘箇所と指摘事由は次のとおり。

《「輝元の時代には豊臣秀吉政権の重臣となり、関ヶ原の戦いでは西軍の大将格として徳川家康に敗北しました。」》

《生徒が誤解するおそれのある表現である。(輝元が関ヶ原で実際に戦闘に参加したかのように誤解する。)》

これには心底驚いた。子供の頃、こういう言葉遊びがあった。「法隆寺を建てたのは誰?」と訊いて、相手が「聖徳太子」と答えると、「残念でした! 宮大工です」とオチを付けるのである。

関ヶ原の戦いとは、日本を二分した東西の大名の政治的対立の問題であって、個々の大名が戦場にいたかどうかは二義的な問題だ。薩摩藩の島津義弘も、退却戦まで実際の戦闘には参加していない。

ある現象を記述するレベルの違いを意識できず、関ヶ原の戦いという単語を聞くと「実際の戦闘」しか考えられないのは、言葉遊びに興ずる子供のような頭脳構造だ。

▽近代史からも一つ。欠陥番号320番。「満州事変と満州国の建国」という単元で、「満州はなぜ建国されたのか」というコラムを配した。このなかで、《満州はもとは「満洲」(州にさんずい)という狩猟民の故郷だった》と書いた。これが欠陥箇所とされ、《生徒に理解し難い表現である。(「満洲」(州にさんずい))》とされた。

これは「洲」の字が当用漢字になく、意味のまったく違う「州」の字を充てなければならないことから、「洲」の字は生徒になじみがなく、ただ「洲」と書いただけでは生徒が見逃してしまう可能性があるので、「(州にさんずい)」と説明した教育的配慮である。これが欠陥だ、という教科書調査官の頭の構造こそおかしいのではないか。

こんな調子で、いたるところにおかしな指摘がゾロゾロ出てくるのである。

▽最後は現代史から。欠陥番号369番。1949年に成立した中華人民共和国。これを「冷戦」を学ぶためにつくった東西対立の対比年表で、《1949年・・・中華人民共和国(共産党政権)成立》と書いたら、《生徒が誤解するおそれのある表現である。(成立時の中華人民共和国の性格)》という指摘事由が書かれた。

お飾りの政党を作るのは共産党の常套手段である。それを教科書調査官は「連合政権」だという。こういう教科書検定をしている限り、子供が物事の本質を学ぶことを文科省は妨害していると言わざるを得ない。

これらの例を見てくると、何としても自由社の教科書を落としたいという執念が感じられる。落とすために欠陥箇所を大量に水増ししたのである。

「405」の数字の意味

再び、11月5日、文科省の一室の場面に戻る。教科書調査官との面接の時間は一時間程度となった。私たちは怒り心頭だったが、極力抑えていくつかの項目についてただした。論争になったものもある。ほとんど納得できる回答は得られなかった。

そのあとどうするか。関係者のなかには、すぐにこの悪行を暴露して戦うべきだという意見もあった。しかし、反論書を提出しないことの説明を会員や支援者に対して行うことが極めて難しく、結局、私たちは11月25日、175項目の反論書を提出した。405件のなかから厳選して、半数近くに異議申立をしたことになる。

しかし、これは全く無駄であった。12月25日、文科省から呼び出しがあり、「反論認否書」を交付された。結果はすべて「否」であった。反論権なるものは、ただの形づくりに過ぎないことを改めて思い知らされた。

では、なぜ文科省は405件も欠陥箇所を積み上げたのか。その意味を知るには、もう一度、検定制度の仕組みを説明する必要がある。すでに、「いったん不合格」の通告を受けても、①70日以内再申請ルートと②20日以内反論書提出ルートという二つのルートがあることは述べた。②は、形式的に反論権はあるにしても、実質的には「一発不合格」と言っていい内容であることは右の経過で明らかになった。

では、①と②は何を基準に分けられるかというと、欠陥箇所の数なのである。その基準は次のようになっている。自由社の申請本は314ページある。それに当てはめた数字も示す。

①70日以内再申請ルートは、教科書1ページ当たり1箇所以上1.2未満の欠陥箇所がある場合。自由社に当てはめると、314箇所以上376箇所以内

②20日以内反論書提出ルートは、教科書1ページ当たり1.2以上の欠陥箇所がある場合。自由社に当てはめると、377箇所以上

言い換えれば、今回、欠陥箇所が376箇所までなら①のルートに入り、年度内合格の可能性があったのだが、それから29箇所、欠陥箇所が積み上げられており、結果として(事実上の)一発不合格となったのである。それが「405」の持つ意味だ。

実は、上の基準が定められたのは2016年である。今回の中学校教科書の検定は、この基準が定められてから初の検定機会であった。それまでは欠陥箇所の数にかかわらず、再申請の道が開かれていたのを断ち切ったわけだ。そこで、いまをチャンスとばかり、自由社の「粛清」に走ったというわけだ。

教科書抹殺 文科省は「つくる会」をこうして狙い撃ちした

「理解しがたい」「誤解する」

405件の欠陥箇所を検定基準別に分析すると、次のようになる。数字は件数。括弧内は405件中のパーセンテージ。

▽学習指導要領との関係 5(1.2)

▽資料の信頼性 3(0.7)

▽著作権関係 2(0.5)

▽誤り・不正確・矛盾 59(14.6)

▽誤記・誤植・脱字 29(7.2)

▽理解し難い・誤解するおそれ 292(72.1)

▽漢字等表記の適切 15(3.7)

ご覧のとおり、単純なミスの比率は小さい。ゼロではないが、教科書制作は複雑な作業だから、ある程度のミスの発生はやむを得ない。圧倒的なのは、「生徒に理解し難い表現」と「生徒が誤解するおそれのある表現」の項目で、実に7割以上がその類型の「欠陥箇所」で占められているのである。

しかし、「生徒が誤解するおそれ」というのは何かの調査に基づいているわけでもなく、単に教科書調査官がそう思ったということに過ぎない。そして、欠陥箇所の水増しがなされた主な手段は、この「理解し難い」と「誤解するおそれ」の二つなのである。ここに教科書調査官の趣味や主観的思い込み、価値観が入り込む余地がある。

たとえば、第1章のトビラのページで、仁徳天皇を「世界一の古墳に祀られている」と紹介したところ、「生徒が誤解するおそれのある表現である」という検定意見がついた。「葬られている」と書くべきだというのである。

だが、仁徳天皇がたしかに大山古墳に埋葬されているかどうかは考古学的に確定しておらず、議論の余地がある。だから「誤解するおそれ」があるとすれば、むしろ「葬られている」のほうだ。

他方、宮内庁は大山古墳を仁徳天皇陵に比定し、祀っている。だから、学問的にも教育的にも「祀られている」とするほうが遙かに適切なのである。こうしたことを考慮して、筆者は「祀られている」と書いたのである。

教科書調査官は、天皇や「祀る」という言葉に忌避感を持っていることが推測されるし、あるいは唯物論者なのかもしれないが、個人の趣味を教科書検定の場に持ち込むことは許しがたい公私混同である。

そして、このような主観的恣意が入り込む余地を与えているのが、検定基準のこの項目なのである。

水増しのあの手この手

以下、具体例を挙げる紙幅がないので、上記に述べた以外の、いままでに判明した欠陥箇所水増しの手口を箇条書きにしておく。

▽他社の教科書では認められている同じ記述が自由社については認められない、というケースがある。東京書籍の中学校の教科書、山川出版の高校の教科書などですでに判明している。特定の会社の教科書だけを狙い撃ちし、欠陥品という不当なレッテルを貼って倒産に追い込むという所業は、特定の会社を依怙贔屓し、利益を供与するのと全く変わらない汚職である。

憲法第15条第2項には、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と書かれている。いずれ教科書調査官の罷免を要求する展開になるだろう。

▽社会慣習上存在しない勝手なルールを決めて、自由社の検定不合格用に使いまくる、ということが行われた。たとえば、「 」で括った文章は、原文からの直接引用以外に使ってはいけないというルールは存在しない。しかし今回の検定では、「 」付きの文章はことごとく摘発され、「生徒が直接引用であると誤解するおそれのある表現である」という指摘事由が頻出した。

特定の学術論文や論争的な論文の場合は例外として、一般の書籍では古典からの引用などでも、要旨や大意を示すために「 」で括って示すことは普通に行われている。教科書も例外ではない。そもそも、前回の検定ではこのような括弧の使い方が認められていたのである。

▽何とも名づけようのない姑息なやり方が行われたケースもある。その極めつきは、令和の元号の発表が数カ月予定より遅れたため、検定提出のための申請本の印刷が間に合わず、やむなく「■■」と表記しておいたところまで欠陥箇所に指定されたという事例である。こういう表記にならざるを得なかったのは政府の予定変更の責任であるのに、民間に不利益をこうむらせるのは承服できない。

検定に名をかりた不正行為

以上見てきたとおり、このたび起こったことは、「検定」に名をかりた文部官僚による不正行為なのである。文部省が犯した信じがたい一大スキャンダルだ。国政上の重大問題である。

不正は正されなければならない。被害を受けた自由社の失われた利益は回復されなければならない。国会は特別委員会をつくって徹底的に審議し、被害者の権利回復の手立てを早急に取らなければならない。今回の「不合格」処分を取り消し、特例として採択に参入できる道を開くべきである。

関係者の処分は免れない。憲法違反、国家公務員法違反を追及されるだろう。教科書調査官は懲戒免職が相当である。また、これを許した外部の審議会メンバーも何らかの処分が必要だ。

教科書検定制度そのものの改善も急務だ。誤解しないでいただきたいのだが、私たちは教科書裁判を起こした家永三郎のように、検定制度が違憲だとして廃止を求めているわけではない。405の検定意見のなかには、妥当なものもある。制度の意義は失われていない。

しかし、今回は明らかな不正行為が行われたのである。背後にいかなる勢力があったのかは、いまのところ分からない。しかし、不正の温床となった規定は廃止すべきである。

かつて、1986年の『新編日本史』検定事件の頃は、検定意見は、強制力のある「修正意見」と、従う法的義務のない「改善意見」とに分かれていた。今日では、両方とも強制力のある意見として扱われている。これはおかしい。強制力のある検定意見は、事実の間違いなどに限定することを検討すべきである。検定意見の区別を復活すべきだ。

何のための検定か、本質論を論じなければならない。「検定意見」は教科書の改善に資するためのものであるはずだ。それを教科書を落とすための道具として「欠陥箇所」に読み替えるのは、概念の混乱である。

私たちは、申請本を市販本として発売し、検定資料を公開して、国民が誰でも情報にアクセスできるようにする。そのうえで、広く呼びかけて「文科省の教科書検定を検定する」国民的な運動に取り組みたいと思う。読者のご参加をいただければありがたい。

検定不合格 新しい歴史教科書

藤岡信勝

https://hanada-plus.jp/articles/307

1943年、北海道生まれ。教育研究者。北海道大学教育学部卒業、同大大学院教育学研究科博士課程単位取得。東京大学教育学部教授、拓殖大学教授などを歴任。教育学(教育内容・教育方法)専攻。95年、教室からの歴史教育の改革をめざし「自由主義史観研究会」を組織。97年、「新しい歴史教科書をつくる会」の創立に参加。著書に『教科書採択の真相』(PHP新書)、共著に『「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究』(祥伝社)、『教科書が教えない歴史』(産経新聞ニュースサービス)など。

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藤岡信勝

藤岡信勝

1943年、北海道生まれ。教育研究者。北海道大学教育学部卒業、同大大学院教育学研究科博士課程単位取得。東京大学教育学部教授、拓殖大学教授などを歴任。教育学(教育内容・教育方法)専攻。95年、教室からの歴史教育の改革をめざし「自由主義史観研究会」を組織。97年、「新しい歴史教科書をつくる会」の創立に参加。著書に『教科書採択の真相』(PHP新書)、共著に『「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究』(祥伝社)、『教科書が教えない歴史』(産経新聞ニュースサービス)など。


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