
TBS報道特集の「差別報道」|藤原かずえ【2025年10月号】
https://hanada-plus.shop/products/933・お気持ち優先の言い争い・外国人問題の本質・マクロの把握ミクロの対策・売らないことはできない・所有されても日本の領土・二つの「自由」の違い・生活保護を受ける権利・区別と差別の混同・奨学金で余裕を求めるな・日本は手厚く支援している・差別感情を刺激する ページ数:14ページ(PDF)掲載号:月刊Hanada2025年10月号 ※商品の特性上、購入確定後のキャンセル・交換・返品(返金)はお受けできません。
その一方で、国際法は、日本を含めたすべての主権国家がその自治権・自治統治権を脅かすことになる外国人の「性質上適用が留保される人権」(自由権・参政権・社会権の一部)に対して制限を加えることを認めています。
総裁選で議論されているのは、その「性質上適用が留保される人権」に関わるものであり、排斥主義ではありません。異常なのは、総裁候補ではなく、目加田氏の方です。
善良な外国人に対して、安心して暮らせる、滞在できる、あるいは日本に来て旅をすることができるという権利は、国際人権法と日本国憲法で既に保障されており、これを侵すことはできません。
しかしながら、ルールを守らない外国人に対する入国の自由は、日本のみならず世界中のすべての国で制限されています。当然のことながら、ルールを守らない外国人の入国・在留は、日本人のみならず、善良なる訪日外国人の人権をも阻害します。
また、ルールを守らない人物がいれば、日本人・外国人を問わず、【内国民待遇 national treatment】により日本の法的強制力によって罰せられることになります。その意味で、入国済みの外国人と日本人の法的地位に優劣はありません。
つまり、規制を厳格化することは、「排斥主義」ではないのです。
目加田氏は明らかに勘違いしていますが、外国人問題の本質は、不良外国人に対してどこまで「性質上適用が留保される人権」を制限するかということと、善良な外国人に対してどこまで「性質上適用が留保される人権」を認めるかということに尽きます。
外国人に対する規制に関わる議論を「排斥主義」と一言で括って非難する目加田氏の【過激なコスモポリタニズム radical cosmopolitanism】は、日本人・外国人を問わず善良なる人々の人権を阻害するものです。

個人ブログ「マスメディア報道のメソドロジー」にて、論理学や心理学の定義に基づいた、メディアの報道・政治家の議論における論理的誤謬などの問題点を指摘。「ひるおび」「報道ステーション」「NEWS23」「サンデーモーニング」などの具体的な放送内容や議員の答弁、記者の発言などを例示しての論理的な分析が話題を呼んでいる。記事の一部を言論プラットフォーム「アゴラ」にも転載中。