国会で先週成立したLGBTなど性的少数者への理解増進法については、エマニュエル駐日米大使が成立を執拗に働き掛けてきた。「内政干渉」とも言える出過ぎた行動であり、これで日米の友好な関係を保てるのか疑わしい。
大使の行動を「米国の圧力」と捉えると間違う。あくまで米民主党の圧力である。バイデン政権はLGBT担当特使を新設し、国際的活動を強化してきた。
「日本らしさ」の説教無用
大使の本国、米国では、民主党が提出した包括的なLGBT差別禁止法案に共和党が一致して反対する状況が続いている。のみならず、女性の保護や、児童を行き過ぎたトランスジェンダー・イデオロギー教育から守る等の観点から、保守派による巻き返しの動きが活発化している。
トランプ政権で国務長官を務めたポンペオ氏は、「LGBT外交」を典型例に挙げつつ、回顧録に次のように記している。
「私は国務省の人権関係部局が、インクルージョン・コミッサール(多様性受け入れを迫る人民委員)の様相をますます強めていると危惧を抱いた。進歩派的観念を、それを欲しもせず、必要ともしない世界に対して無理やり押し付けようとしている。国務省の人権政策は、米国の建国理念と憲法の伝統の範囲から逸脱すべきでない」
常識的な発想だろう。
エマニュエル氏は「日本が日本らしくある時」といった表現でLGBT法成立を国会に公然と促したが、何が日本らしさかは他国の大使に判断してもらう問題ではない。特定の党派的立場から国柄について説教し、根回しに動く姿勢は外交使節にあるまじきものだろう。
エマニュエル氏は十倉雅和経団連会長はじめ経済界にも圧力をかけた。2月15日の大使のツイートにこうある。
「今朝は十倉経団連会長のワシントン訪問に先立ち、エネルギー、経済安全保障、インクルージョンについてお話ししました。経団連は国内のLGBTQI+に関する事柄を主導していく力を持っています。多様性とインクルージョンが企業や国を強くするのです」
エマニュエル氏は「親友のレモンド商務長官をはじめとする米国の重鎮」への口利きを約束すると同時に、見返りに経団連がLGBT問題で先頭に立つよう強く促した、という。
訪米後、十倉氏は記者会見を開き、LGBT法案が成立していない国会の状況を「恥ずかしい」と言い、速やかに米民主党に倣うべきだとの趣旨の発言をした。
気概なき政財界エリート
岸田文雄首相には定見がなく、慎重派の中心にいた安倍晋三元首相が亡くなったことで自民党のタガも外れ、バイデン政権と公明党の圧力に屈する形でLGBT法成立に至った。
日本の政財界の腰が据わっていれば、エマニュエル大使の「内政干渉」は単なる独り言に終わったはずである。有力議員たちが「日本のことは日本で決める。口を出すな」という毅然たる態度を示していれば、大使もここまで調子に乗らなかったろう。
日本は露骨な外圧にも抵抗を示さないと見た中国、北朝鮮、ロシアなどは今後、他の問題で揺さぶりを強めてくるだろう。気概なきエリート層の責任は重大である。(2023.06.19国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)