中国の情報戦に反撃せよ|櫻井よしこ

中国の情報戦に反撃せよ|櫻井よしこ

台湾有事は間違いなく日本有事だ。中国の台湾制覇は日本の物流を支えるシーレーンを塞ぎ、中国の世界制覇への一歩となる。中国による台湾一点突破は日本にとって死活的要素だ。


11月末の台湾統一地方選挙での与党民進党の大敗は、民進党の支持率が33.5%で国民党の18.6%より高い中での敗北だった。

なぜか。民進党の敗因は、党主席の蔡英文総統が中国の脅威を警告する外交安全保障問題に争点を絞り、生活に密着する物価や景気を軽視したことだとの批判がある。しかし、それは要因の一つにすぎない。それ以前に、世論戦、心理戦、法律戦の「三戦」を展開した中国共産党の情報工作による深刻な影響があったと見るべきだ。

年14億回の対台湾サイバー攻撃

防衛省のシンクタンク、防衛研究所の「中国安全保障レポート2023」は、前回の総統選(2020年1月)に重なる2019年9月から20年8月までの1年間に、中国と思われる発信元から14億回に上る対台湾サイバー攻撃が行われたと指摘している。当然、今回もそれに劣らぬ規模の情報戦が仕掛けられたと見るべきだろう。

同報告書は、中国は2003年に正式採用した三戦戦略を発展させて、制空権や制海権の樹立には情報の制覇が先決だとして「制情報権」という概念を打ち立て、それはいまや「制脳権」の確立に進化したと分析する。あらゆる分野に及ぶ中国共産党の情報戦は攻撃相手の頭脳を操る水準に迫るということだ。少なくとも現段階で台湾は中国の凄まじい情報戦に屈している。

台湾の豊かさや平和は中国との緊密な関係によって担保されると台湾人が考え、国民党支持を通して中国との融合、合体を望むように仕向けるのが中国の最善の道だ。その場合も最終局面を決するのは情報戦ではなく軍事力であることを、中国はロシアのウクライナ戦で学び取った。だからこそ、中国は対台湾情報戦の傍ら、米国の介入を許さない十分強力な軍事力の構築に邁進中なのだ。

中華思想による世界制覇を許すな

台湾有事は間違いなく日本有事だ。中国の台湾制覇は日本の物流を支えるシーレーンを塞ぎ、中国の世界制覇への一歩となる。中国による台湾一点突破は日本にとって死活的要素だ。

10月の中国共産党大会で任期3期目に入った習近平総書記(国家主席)は「一帯一路」「グローバル安全保障」「人類運命共同体」などのスローガンを掲げる。国連中心の自由社会を支える戦後体制を、中国は中華の価値観と中国主導の新秩序で置き換えるべく画策する。中国による価値観の逆転を許せば、人類の未来に計り知れない暗い影が差すと言ってよいだろう。

日本が取るべき道は明らかだ。新しい地平に立って、これまでできなかった米台との広範な協力、情報共有、意思疎通、協調行動のメカニズムを速やかに強化するときだ。台湾の人々が米国や日本の意図に不信と不安を抱き内部から崩壊することのないように、日本も積極的に情報戦を展開する。その上で台湾のみならず、米国にも信頼されるだけの十分な軍事力強化を急ぐことだ。(2022.12.07国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)

関連する投稿


ビジョンだけで国防や軍縮は達成できない|太田文雄

ビジョンだけで国防や軍縮は達成できない|太田文雄

願望の表明や、宣言、メッセージの発出は、戦略ではない。中国を核軍縮のテーブルに着かせるには、まず日米の側が同等の戦域核を持ち、戦力を均衡させることから始める必要がある。


【読書亡羊】必読、対中国「政治戦」の教科書を見逃すな!  ケリー・K・ガーシャネック著、鬼塚隆志監修、壁村正照訳『中国の政治戦 -「戦わずして勝とう」とする国への対抗戦略』(五月書房新社)

【読書亡羊】必読、対中国「政治戦」の教科書を見逃すな! ケリー・K・ガーシャネック著、鬼塚隆志監修、壁村正照訳『中国の政治戦 -「戦わずして勝とう」とする国への対抗戦略』(五月書房新社)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


中国に媚びを売る?危険すぎる沖縄県人権条例|篠原章

中国に媚びを売る?危険すぎる沖縄県人権条例|篠原章

沖縄県の照屋義実副知事が着任したばかりの呉江浩駐日大使を表敬訪問したその日、ある条例が可決していた。「沖縄県差別のない人権尊重社会づくり条例」(「沖縄県人権条例」)――玉城デニー知事の思惑が透けて見える危険な条例の実態。


日本はいま最大の危機にある|岩田清文

日本はいま最大の危機にある|岩田清文

「台湾有事は日本有事」……安倍総理の警告が、いまや現実化しつつある。 いま、日本になにができるのか。陸自トップだった岩田清文氏の新刊『中国を封じ込めよ!』から「はじめに」を全文公開!


米シンクタンクが安倍元首相を「日本の歴史上最も偉大な首相、世界のリーダー」と大激賞!岡部伸

米シンクタンクが安倍元首相を「日本の歴史上最も偉大な首相、世界のリーダー」と大激賞!岡部伸

米シンクタンク「ボストン・グローバル・フォーラム」が、安倍晋三元首相を追悼する国際会議を開催、会議を主宰するマイケル・デュカキス元米マサチューセッツ州知事は「世界を平和と安定に導くリーダーシップを発揮した安倍氏を失ったことは大変残念だ」と悼んだ。


最新の投稿


【読書亡羊】『土偶を読む』騒動を知っていますか 縄文ZINE編『土偶を読むを読む』(文学通信)

【読書亡羊】『土偶を読む』騒動を知っていますか 縄文ZINE編『土偶を読むを読む』(文学通信)

その昔、読書にかまけて羊を逃がしたものがいるという。転じて「読書亡羊」は「重要なことを忘れて、他のことに夢中になること」を指す四字熟語になった。だが時に仕事を放り出してでも、読むべき本がある。元月刊『Hanada』編集部員のライター・梶原がお送りする週末書評!


【埼玉県川口市 クルドの現場を行く②】地元住民の苦悩|西牟田靖

【埼玉県川口市 クルドの現場を行く②】地元住民の苦悩|西牟田靖

入管法改正案についての報道が相次いでいる。そのトーンは反対一色。難民を認定しない日本政府や入管は悪、翻弄される外国人は善――という非常に単純化された報道ばかり。その一方、不良外国人の迷惑・犯罪行為に困る地元住民の声はほぼ封殺されたままだ。


原子力規制委の抜本的改革が必須|奈良林直

原子力規制委の抜本的改革が必須|奈良林直

柏崎刈羽原発で東電の社長を厳しく追及し、社員のやる気をなくさせているのが現在の原子力規制委の山中伸介委員長。電力事業者の取り組みがうまくいかないのは、規制委の采配が下手だからだ。我が国でも米国のように、規制委の抜本的改革が必要である。


広島サミット成功と浮かれていいのか|田久保忠衛

広島サミット成功と浮かれていいのか|田久保忠衛

お祭り騒ぎや日本式のおもてなしではどうにも片付かない冷厳な現実が待ち受けている。己を知らない国に救いはない。


動くか拉致問題、北が協議提案に即反応|西岡力

動くか拉致問題、北が協議提案に即反応|西岡力

水面下での秘密協議がすでに始まっているか、近く始まる可能性が高い。ただし、そこで、合同調査委員会設置案など「全拉致被害者の即時一括帰国」ではないごまかしの提案が出てくる危険性がある。推移を注意深く見守るべき時だ。