国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)は11月3日、フランスの歴史人口学者・家族人類学者エマニュエル・トッド氏を招き、「安倍以降の国際秩序」と題する討論会を開いた。著書「最後の転落」の中で1991年のソ連崩壊を言い当てた伝説的予言者だけに、参加者の関心は大きく、この日も終始一貫して日本人の常識を超える発言を続けた。
トッド理論に欲しい補強材料
まず取り上げられたのは、2月24日に始まったウクライナ戦争の発端だ。いわゆる西側世界の大方は、ロシア軍の侵略が戦争の発端だと判断するが、トッド氏は、米国ならびに北大西洋条約機構(NATO)諸国がロシアを挑発したため、やむを得ずロシアは行動を起こしたのだと主張する。
しかし、現在の国境線を武力で侵犯した時点で侵略を認定しないと、因果関係は限りなく過去に遡り、結論が出なくなる。第2次世界大戦で日本が真珠湾攻撃を行った時点が戦争の開始と一般に解釈されているが、日本にすれば「真珠湾の前に挑発されたので、立ち上がらざるを得なかった」との理屈は立つだろう。ただし、議論は際限がなくなる。
大国間外交をめぐりトッド氏は極めて大胆な発言をした。「日本ではどの人に会っても中国の脅威ばかり言うが、中国を問題にする必要はない。人口論的に見ると、中国は国家として運営ができなくなる。日本は、中国よりも明るい将来を持っているロシアとの関係強化に努めるべきだ」と述べた。
一般に、いま形成されつつある新国際秩序の特徴として第一に挙げられるのは、中国が政治、経済、軍事、技術など国家のあらゆる部門で急速に成長を遂げつつあることだ。先の中国共産党大会でも、習近平総書記(国家主席)の信奉者一色の独裁的人事が決まり、台湾に対しては軍事力行使もあり得るとの意向が明確にされた。中国はインドとの国境、インド洋、南シナ海、東シナ海、南太平洋のソロモン諸島などに影響力を拡大している。中国を脅威でないと言い切れる国が中国以外にあるだろうか。
ところがトッド氏は、中国女性1人当たりの出生率が1.3人と少ないところから、中国の将来について極度の悲観論を述べている。これに対してロシアは1970年から乳児死亡率が下向きに転じたことを取り上げ、楽観論を展開している。トッド説を補強するにはもう少し材料が欲しい。
日本核武装論も披露
トッド氏は、中国に代わってロシアとの関係改善を日本は心掛けるべきだと説いた。日本には「北の熊」とは苦い経験が多い。歴史的に日本はこの国による軍事的脅威に悩み続けた。第2次大戦終了の仲介を迂闊にもこの国に頼んで失敗した。旧満州と千島での侵略行為、北方四島の不法占領、シベリア抑留など、日本側には痛切な思いが山積している。
トッド氏は日本核武装論もぶった。時間不足だったせいもあるが、これといった反論も出なかった。国際秩序の変わり目だけに、核兵器への考え方も変わっていくだろう。(2022.11.07国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)