シャッター商店街の理由
降って湧いたような中華街構想の「予定地」となった西成であるが、今回、林氏たちが中華街の範囲に考えている場所は、行政区分的に言うと山王・太子、天下茶屋北の一部を含む。そして南北に縦断する形の飛田本通商店街を中心にして、(風水による)東西南北に中華門を建てるというのが、構想のとば口である。
その北門が位置する場所は、動物園前駅の目と鼻の先であって、林氏が言うように、道を一本渡ればジャンジャン横丁から新世界という観光名所と直結する。中華街ができるとすれば絶好の立地であり、また集客上も有利であることは間違いない。
さらに、2022年には新今宮駅前に星野リゾートが進出する(行政区分的には浪速区)など、観光・商業的には好条件が続く。
しかし、である。そんな観光地と目と鼻の先にある場所がなぜ、「シャッター商店街」となっていたのか。それには、西成独特の事情があった。
まず、南に向かって飛田本通商店街を越え、さらに大きな通りを横断すると萩之茶屋という街になる。ここは、かつて高度成長期に日本の経済を支えた日雇い労働者たちの町である。彼らのための簡易宿泊所が建ち並び、「あいりん(釜ヶ崎)」と呼ばれる”ドヤ街”だった。
だが、現在は労働者たちも老齢期に入り、生活保護を受給する人も少なくない。それは、東京・山谷、横浜・寿町(このふたつにあいりん地区を加えて、日本三大ドヤ街とも呼ばれる)も同じなのだが、それだけに町はかつてのような活況はなかなか取り戻せないでいるのだ。
もっとも、橋下市政下の2012年、これら西成の状況を改善すべく、特区構想が始まっている。西成区役所の担当者によれば、
「特にあいりん地区でのごみ問題、また治安等を含めて、(特区構想は)地域住民の方に評価をしていただきました。現在の吉村市長のもと、2017年から特区構想は二期目に入り、さらに住みやすい街を目指していきます」
シャッターが降りた商店街にはためく「大阪華商会」の旗。
とにかく安い中華カラオケ
実はこのドヤ街の高齢化──そんな街の変化が、中華街構想のきっかけとも言える中国人経営のカラオケ店、「中華カラオケ店」の需要を生んだ。
そもそも、「中華カラオケ店」とはどのようなものなのか。
村井会長によれば、「特に看板が派手な店はほとんど中国人経営」だという。実際、商店街にあるカラオケ店のほとんどが派手な看板で、店内をガラス越しに覗き見ることができる作りとなっている。なかには、中国人らしい若い女性が歌ったり、笑顔で酒を作っている様子が見られる。そんな一軒に入ってみた。
「イラッシャイマセ~~」
中国語訛りの日本語を話す女性が三人、うちひとりは妙齢の女性でママのようだ。残りのふたりは、あとで年齢を聞いたところ20代前半だという。店内は質素だが小奇麗で、イメージとしてはひところ流行ったガールズバー(若い女性がバーテンを務める)に近い。
そして、何よりも驚くのがその値段の安さだ。カラオケは一曲100円、ドリンクは概ね500円。二杯飲んで3曲歌っても1300円で、この廉価設定から、対象とする客層があいりん地区に住む高齢者・生活保護層であることがわかる。
そして、すでに飽和状態にあるとはいえ、「中華カラオケ店」がここまで増えたのは、その”商売”が当たったということに他ならない。
西成には、あいりん地区以外にももうひとつ独特な色合いがある。飛田本通商店街の東側の山王には、「小料理飲食店」が立ち並ぶ飛田新地という街が位置するのだ。かつて、知事になる前の橋下徹氏が組合の顧問弁護士をしていたことで知られている。
この飛田新地、タテマエ上は飲食店であるが、実際には飛田遊郭以来の「男の遊び場」であることは周知の事実だ。ちなみに林氏らによる構想では、南門は飛田新地の入り口近くを想定しているという。
このように西成という地区はドヤ、色街という特殊性も相まって、大阪のなかでもひときわ特徴のある街となっている。大阪のゴンタ(不良)のなかには、「西成でケンカできれば一人前」という都市伝説もあるくらいだ。
実際、街を歩いてみても、あいりんはドヤ独特のザラっとした雰囲気に満ちており、また中心にある要塞のような西成警察署(西成暴動の余波と思われる)も他では見られない光景だ。
一方、飛田新地では「お兄さん、かわいい子いるよ」と遣り手婆が道行く男に声を掛け、艶やかな若い女子が微笑む……。そこにもってきてシャッター商店街である。
見慣れていない人には異質な風景に見えるだろうし、また、ある種の人には魅力的な街ともなる。