米国の権威を打ち砕いたテロ
9月11日は日付でありながら、米歴史の一つの時代も表す。米メディアでは、この二十年間を「ポスト・ナインイレブン」と呼んでいる。そして、その「ポスト・ナインイレブン」が米軍のアフガン撤退で幕を閉じた。
テロ組織・アルカイダが民間航空機をハイジャック、ニューヨークのワールドトレードセンターとワシントンの国防総省本庁舎(ペンタゴン)に突っ込み、3000人の一般市民を殺害。その日から、米国では「テロに対する戦争」が始まった。
9・11以前、米国は冷戦に勝利し、経済的、軍事的にも世界の頂点だった。しかし、同時多発テロは、その米国の権威を打ち砕いた。
アフガンの洞窟を根城にする数人のテロリストが米国の心臓部を攻撃し、首謀者ビンラディンは米国の防衛が隙だらけだったことを証明した。
その後、米軍は大きく変化せざるを得なくなる。新たな敵は、ソビエト連邦のような「象」ではなく、数十人の命を捨てても構わない「アリ」のようなテロリストとなった。
テロ後の演説で、ブッシュ大統領はこう宣言した。
「世界各地の全ての国々は、いま、決断しなければならない。米国側につくのか、テロ側につくかのいずれかだ」
この演説は、のちに「ブッシュ・ドクトリン」と呼ばれ、二カ月後のアフガン侵攻につながった。
同時に、政府機関によるテロを防ぐための諜報活動も許可された。ブッシュ政権は「米国愛国者法」を成立させた。
この法案により米国在住の外国人に対する情報収集の制限に対する権限を緩和し、とりわけ外国人や外国法人を規制する権限を強化、テロに関係すると疑われる場合、司法当局や入国管理局に対し、入国者を留置・追放できるようになった。
また、収集した情報を連邦捜査局(FBI)や中央情報局(CIA)、米国家安全保障局(NSA)の間で情報共有できるようにした。自由と人権を愛する米国民が、前例がないほどの国の権限拡大を認めたのである。
権限が拡大されたCIAはテロ容疑の外国人を集め、法による適切なプロセスを経ずに、グアンタナモ収容キャンプに強制連行した。
グアンタナモ収容キャンプは、同時多発テロ以降、米国が世界各地に密かに設置したテロ容疑者収容所のひとつだ。そこでは司法手続きなしに厳しい尋問や拷問、長期拘禁を強いられた。
航空機突入によるテロを首領のビンラディンに進言した主犯格、ハリド・シェイク・モハメドの裁判も、最近になってようやく始まったほどだ。
米国は安全な国になったが……
「ブッシュ・ドクトリン」の下、NSAは海外だけではなく、国内テロ防止のために米国民の携帯電話やメールなどの諜報も始めた。NSAの職員だったエドワード・スノーデンは、NSAによる国際的監視網の存在を暴露。米当局は国家秘密罪で逮捕しようとしたが、ロシアに逃げられてしまった。
米国人の電話はNSAだけではなく、FBIも盗聴している。そのことが明らかになり、大騒ぎになったのは、トランプ陣営に対する電話盗聴事件だ。
大統領選のロシア疑惑に関するいわゆる資料(この資料そのものがでっち上げだという話もある)を根拠に、司法省とFBIはトランプ陣営関係者の盗聴監視許可を延長しようとしたという。
大統領候補関係者の電話を盗聴できるのも、米国愛国者法があるからこそだ。
なにも、9・11以後の権限拡大がすべて悪いと言っているわけではない。メリットも当然ある。一つは、同じようなテロ事件が再び起きなかったこと。我々は米国向けの飛行機に乗るとベルトを外したり、靴を脱がなければならないが、飛行機のハイジャックは起きなかった。
もう一つは、アルカイダをほぼ壊滅させたこと。これは米国だけではなく、テロと戦う同盟国のおかげでもある。しかし、米軍のアフガン撤退でアルカイダが息を吹き返す可能性がある。
アルカイダとタリバンは麻薬ビジネスなどでつながっており、タリバンがアフガンを掌握したことで、アルカイダも強大化するのではないか。
9・11から20年、米国は安全な国になったかと訊かれれば、「イエス」と答えるだろう。しかし、この20年で失ったものもある。ワールドトレードセンター、三千人の命、アフガン戦争に使われた三兆ドル……そしてなによりも、政府の権限拡大によって米国民の「少しの自由」が失われたことを忘れてはならない。
(初出:月刊『Hanada』2021年11月号)