この号が読者の手に渡る頃、英国海軍の最新鋭空母クイーン・エリザベスとその打撃群は、スエズ運河にかかったかどうかという辺りで日本を目指して航行中だ。僚艦2隻は途中で別行動をとり、黒海に入るとの報もある。ロシアは憤激するだろう。もちろん英国は計算ずくだ。
インドに寄りシンガポールの専用施設へ寄港して、西太平洋では英帝国の遺産というべき「五カ国防衛取極」を発動、加盟国の豪州、マレーシア、ニュージーランド、シンガポール各国艦艇と合同訓練をする。
新造空母にとっては初の本格運用となる全行程2万6000海里の航海は、かくして「インド・太平洋」の全域を覆い、英国の旗を久々に、そして高々とはためかせる大遠征となる。英国が新たな国是とする「グローバル・ブリテン(世界に影響力をもつ英国)」の存在感を、この際大いに高めようとの目論見である。
最終目的地となる日本と組んで、という点こそは、強調に値する。
近年、英国国防省は日本を「同盟」の語を用いて呼び、頼もしい協力相手と見なす。日本と組めば、安倍晋三前首相が唱えた日米豪印四国連携「クゥオッド(四という意味)」に一枚噛める。そして対日連携は、必ず対米協力となるとの判断も踏まえたうえでの今次大航海であり、日本を最終目的地とするゆえんだ。
――と、以上の論点は、著者・秋元千明氏が、淀みと迷いがない辺りはNHK解説委員当時の調子を彷彿させる文体で、本書において明示したところだ。その際著者は、二つの有力な通説に正面から異を唱えた。
第一の通説とは、英国衰亡論。日本を含む各国有識者層に根強い。欧州連合(EU)と組んでこそ英国は政治経済、外交上の力を発揮できた。EUを出て強みを放棄した以上、先行きは暗い。海軍遠征で強がったところで大勢は変わらないとする。
この説によれば、女王の名をつけた大型空母に大航海させるのは、弱さの表れか、スカッとしたがる心理的代償行為ということになる。
著者には、警察官相手に剣道の師範を務めた経歴がある。この類の通説を、著者は袈裟懸けにする。EUとの面倒な縁を切った今ならばこそ、英国は自由な自己主張ができる。海洋民主主義国であり海軍強国だという本来の姿に立ち戻り、世界に力を及ぼし続けようと英国は決意した。――それが著者の見立てだ。
著者が難じる第二の通説は、「同盟」を名乗る以上、権利義務を定義した条約が必要とする石部金吉流の解釈論である。戦時でも平時でもない灰色の時空間が広がる今、安全保障に関わることなら何であれ協力し合う関係こそが、同盟の名にふさわしい。安保をめぐる協力の束を、不断に太くし続ける関係のことだ。
日英とも米国を至上の同盟相手とする以上、日英間の右に述べた意味での同盟を深めることは日米同盟の強化につながり、日本の国益に資すと見る。英国には、対日接近に同種の動機があるとも著者は言う。
著者はNHK記者だった時分に英ロンドン大学から博士号を得た。1990年代以降は英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)と縁が深く、今はその日本特別代表部を率いる。同研究所の構成員は、英国機密情報に限定的だが接近できる。
標題がちょっと勇み足だと思った向きは、以上の背景を踏まえて手に取られるといい。日本の今後を考えるに好個の材料が見つかるだろう。(初出:月刊『Hanada』2021年7月号)
1957年、香川県生まれ。東京大学法学部卒業後、雑誌『日経ビジネス』記者を約20年。その後、外務省外務副報道官などを務め、第二次安倍政権発足後、首相官邸に入り内閣審議官。2014年4月より内閣官房参与。安倍総理退陣と同時に辞任。慶應義塾大学大学院教授。著書に『通貨燃ゆ』(日経ビジネス)『日本人のための現代史講義』(草思社)『誰も書かなかった安倍晋三』(飛鳥新社)など。