16日にワシントンで行われる日米首脳会談は、バイデン米政権発足後初の外国首脳との対面での会談であり、同政権がいかに日本を重視しているかを示すものだ、と菅義偉首相は4日のフジテレビ番組で語った。感情を顔に表さない首相には珍しく誇らしさをのぞかせていたように思う。大いに結構なことだが、従来の日米首脳会談のように、先方の要請に応じるか、応じられない時にその理由の説明に努めるのではなく、同盟国日本としては「これをやる」という気迫が欲しい。
中国の人権侵害に知らぬ顔
特に気になるのは、中国の人権問題に関して、米国をはじめとする民主主義諸国と日本政府の間に感覚の相違があるのではないか、との点だ。トランプ、バイデン両政権を通じて発生したのは、中国による香港統制の荒っぽい強化、新疆ウイグル自治区での「虐殺」とまで決め付けられる人権侵害である。さらに、中国の不当な軍事、経済行動などが加わって、世界的に中国への不信感が広まった。
同盟関係強化を重視するバイデン政権の姿勢を反映して、ウイグル人抑圧に対する批判の波がにわかに高まってきた。米国に同調して対中制裁に踏み切ったのは、英国、カナダ、欧州連合(EU)だ。先進7カ国(G7)で制裁に加わっていないのは日本だけになった。香港の民主派に対する弾圧の節々で日本政府が取った消極的態度も、他のG7諸国には異常と受け取られるだろう。
この点を記者団から問われた加藤勝信官房長官は「わが国には人権問題のみを直接、あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はない」と答えたが、人権戦略の先頭を走っている米国の目にはどのように映じるか。虐殺と断じて怒った米国の隣で、法律がないことを理由に知らぬ顔をする国でいいのか。北朝鮮との間で拉致問題という人道案件を抱える日本は、どのような顔をして米国に助力を要請するのだろうか。
空虚な日米首脳会談にしてはならない
菅首相は同じ番組で、米軍部が警告する台湾有事に日本はどうするのかと質問され、「仮定のことに私の立場でいま答えることは控えたい」と明言を避けた。トランプ政権の台湾政策を引き継いだといまのところ考えられるバイデン大統領は、日本に何を要求するだろうか。台湾有事が安全保障関連法の「存立危機事態」に該当するとすれば、「密接な関係にある他国への武力攻撃」で「日本の存立が脅かされる」ことなどを要件に自衛隊の反撃はできるが、「放置すれば日本の平和と安全に重要な影響を与える」と判断されれば「重要影響事態」となり、米国など他国の軍隊を後方支援することになる。
台湾有事が実際にどのような形を取るか分からないが、同盟国軍が血を流している時に、自衛隊だけは後方支援に徹するのか。沖縄の嘉手納基地は当然中国の攻撃目標になるだろうが、それでも日本は後方支援で済ませようとするのか。海外での戦争に反対する内向きムードの米国民はそれを許さないだろう。「これをやる」との提案が日本側からなければ、首脳会談は空虚なものになる。(2021.04.05国家基本問題研究所「今週の直言」より転載)