表現の自由をも「抹消」するキャンセル・カルチャー|久保弾(ジャーナリスト)

表現の自由をも「抹消」するキャンセル・カルチャー|久保弾(ジャーナリスト)

いま世界で横行するキャンセル・カルチャー。 ノーベル賞作家、カズオ・イシグロも危機感を抱くキャンセル・カルチャーとはいったいなんなのか。 その歴史と問題点を徹底追及!


キャンセル・カルチャーはリベラル派の新しい「武器」

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ノーベル賞作家、カズオ・イシグロはBBCのインタビューで、次のように述べた。

「キャンセル・カルチャーは若い作家たちを『恐怖の風潮』に巻き込み、書きたいことが書けなくなる」

「私が懸念しているのは、自己検閲が現在進行形で進んでいることです」

 カズオ・イシグロが恐れている「キャンセル・カルチャー」とはどんなものか。簡単に言えば、ポリティカル・コレクトネスに反する表現をした(と判断された)人物や作品をボイコットしようというものだ。

 もし、キャンセル・カルチャーの標的にされれば、SNSから追い出され、仕事場を失い、社会的に抹殺される。

 キャンセル・カルチャーは「#MeToo」運動から始まった。女性に性的嫌がらせで訴えられた人たちは軒並み「キャンセル」された。

映画監督のウディ・アレンやプロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインは、裁判にかけられる前に「ツイッター裁判」にかけられ、二人の映画を観ないようボイコット運動が呼びかけられた。結局、二人は他のメディアに顔を見せず、自己弁護すらできなかった。

「#MeToo」は女性たちによるセクハラや性的虐待への抗議だったが、キャンセル・カルチャーはリベラル派の「武器」となった。

黒人差別反対を呼びかけるブラック・ライブズ・マター(BLM)運動も、キャンセル・カルチャーを利用している。自分たちと意見が異なるジャーナリストやニュースキャスターに「レイシスト」(差別主義者)とレッテルを貼り、彼らの「キャンセル」を呼びかける。

過去にハロウィンなどで顔を黒塗りメイクした政治家なども標的にされ、辞任させられた。
 

チーム名、本も「キャンセル」の対象

近年、キャンセル・カルチャーの勢いは加速。人だけではなく、様々なものが「キャンセル」の対象になった。
 アメリカ大陸を発見したコロンブスの銅像は、イタリア系移民によって米国各地に建てられている。しかし、リベラル派は「コロンブスはアメリカ大陸で白人による侵略を始めた人物である」と銅像を破壊。

 米ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のワシントン・レッドスキンズは昨年、チーム名を変更すると発表。レッドスキンとは、アメリカ先住民の「赤い肌」を意味し、チームロゴには先住民が描かれており、長年、「人種差別的な名称だ」と批判されてきた。

メジャーリーグ(MLB)の「クリーブランド・インディアンス」や「アトランタ・ブレーブス」も、名前を変更するように圧力がかけられている。

 映画も「キャンセル」の対象で、『風と共に去りぬ』は「奴隷制に肯定的な表現がある」とか、クリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』は「アジア系移民に差別的だ」とか批判が上がった。実際、動画配信サービスのHBO Maxでは一時、『風と共に去りぬ』の配信が停止された。

 米アニメ『ザ・シンプソンズ』でも、インド人系キャラの声を担当した声優が白人だったという理由で、謝罪に追い込まれた。

 もちろん、差別はよくないが、明らかに行きすぎだろう。

 最近では、本も「キャンセル」の対象になった。三月二日は米絵本作家、ドクター・スースの誕生日にちなんで、「読書の日」となっている。毎年その日に米大統領は全国の子供たちに演説をするのだが、バイデンは読書の日にドクター・スースの名前を読み上げなかった。

ドクター・スースがリベラル派に「キャンセル」されたからだ。絵本のなかに人種差別的な表現がある、というのが批判の理由だ。

 ドクター・スースの版権管理会社は、問題とされた『マルベリーどおりのふしぎなできごと』『ぼくがサーカスやったなら』『おばけたまごのいりたまご』『McElligot's Pool』『On Beyond Zebra!』『The Cat's Quizzer』の六冊を絶版にすると発表した。

 その後、その六冊はバーンズ&ノーブルなどの主要なオンライン書店で販売中止となり、eBayにいたっては、マーケットプレイス(中古販売)から一掃するための作業を進めている。出品者には、同社のポリシーに違反するため削除したことをメールで通知するという。長年、子供たちに愛された絵本が、これからは手に入りづらくなるだろう。

 もし、今後も大手企業がキャンセル・カルチャーに便乗するとなると、ポリコレに反する内容の本は売れなくなる。それを恐れた作家たちは自己検閲を始める――まさにカズオ・イシグロが恐れていた事態だ。
 キャンセル・カルチャーに立ち向かわなければ、私たちの表現の自由は「キャンセル」されてしまうだろう。

 (初出:『Hanada』2021年6月号)

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