松原氏の主張は「罪人の子は罪人」とするものであり、子孫が祖先の罪を謝罪しないことに対して「謙虚さがない」と非難するものです。
戦争を経験していない高市氏の世代には、戦争を反省することはできませんし、謝罪を強要することもできません。
例えば、米国のミレニアム世代に対して1945年に米軍が原爆を落としたことの反省と謝罪を求めても、身に覚えがないので反省も謝罪もできません。逆に当事者でない者に反省と謝罪を求めることは人権侵害に他なりません。当事者でない者にできることは、平和の素晴らしさと戦争の悲惨さを知ることで、自国を含めて戦争を起こさせないことです。
なお、日本という国家は、当時から継続しているので、その代表者である高市総理が「反省」と「謝罪」を行うことは理論的に可能ですが、実際には、平和憲法を制定して当事者に国家賠償を行った段階で日本の国家としての「反省」と「謝罪」は既に完了しています。当事者ではない国家の代表者にできることは平和を守ることのみです。
ちなみに、平成7年の高市氏は、謝罪の可否で国民が二分されているので、「国会決議はなじまない」と、政府(行政)の立場でからではなく、野党に属する国民の代表の立場から主張したに過ぎません。「自分は当事者と言えない世代だから反省なんかしていない。反省を求められるいわれもない」という主張は、健全な言論の自由の行使であり、論理的にも倫理的にも問題はありません。
現代を生きる日本人が平和を守る動機は、現在と過去に学んで平和の素晴らしさと戦争の悲惨さをよく理解しているからであり、祖先が戦争を起こしたことへの罪滅ぼしのためではありません。『サンデーモーニング』は本当に何もわかっていません。
個人ブログ「マスメディア報道のメソドロジー」にて、論理学や心理学の定義に基づいた、メディアの報道・政治家の議論における論理的誤謬などの問題点を指摘。「ひるおび」「報道ステーション」「NEWS23」「サンデーモーニング」などの具体的な放送内容や議員の答弁、記者の発言などを例示しての論理的な分析が話題を呼んでいる。記事の一部を言論プラットフォーム「アゴラ」にも転載中。

