放射性廃棄物処分の責任を他者に押し付け
安田菜津紀氏:東日本大震災だったり、直近では能登半島地震もそうだが、本当にこれでいいのということがこれだけ突き付けられてきた。そこに立ち戻らなければならない。
東日本大震災での福島第一原発の事故は津波によるものであり、活断層のずれによって原子炉が破壊されたわけではありません。能登半島地震で志賀原発の安全性は十分すぎる程の余裕をもって完全に確保されました。
そもそも、地層処分の対象となる300メートル以深の岩盤は、地表面という自由面が存在しないため、地震が発生してもほとんど動的変位が発生しません。安田氏が何を突き付けられてどこに戻らなければならないのか完全に意味不明です。
このように科学的な根拠も示さずに「本当にこれでいいのか」なる言葉で、人々に不合理な不安を与えるのは、本当に迷惑なことです。
あえて言わせてもらえば、原発の電力を享受してきた現代を生きる田中氏と安田氏が、高レベル放射性廃棄物処分の責任を完全に他者に押し付け、非難しているのは極めて理不尽です。現代を生きる世代はすべて同じ境遇です。
その意思にかかわりなく、1963年から高レベル放射性廃棄物は現実に存在してしまっているのであって、その存在に文句を言ったところで、なくすことはできません。高レベル放射性廃棄物の処分は、現代を生きる世代に共通に課せられた【先験的 apriori】な義務なのです。
なお、放射性廃棄物が今後増えようが、同じように処分しなければならないことに変わりありません。どうせ処分しなければならないのであれば、経済性・安全性・環境性に優れた原発を利用する選択は合理的と言えます。
いずれにしても、以上のような責任の存在を考えることなく、高レベル放射性廃棄物の処分に反対するだけで代案を示さない人は、論理的に言えば、将来世代にタダ乗りする利己的なフリーライダーに他ならないと言えます。
個人ブログ「マスメディア報道のメソドロジー」にて、論理学や心理学の定義に基づいた、メディアの報道・政治家の議論における論理的誤謬などの問題点を指摘。「ひるおび」「報道ステーション」「NEWS23」「サンデーモーニング」などの具体的な放送内容や議員の答弁、記者の発言などを例示しての論理的な分析が話題を呼んでいる。記事の一部を言論プラットフォーム「アゴラ」にも転載中。