ハーグ条約に日本が仕掛けた罠
ハーグ条約は、あくまでも子どもの利益を第一に考える条約である。
したがって、夫婦の関係は子どもの返還の決定に無関係。夫婦の一方が不貞行為をしていたかどうか、配偶者暴力をしていたかどうかは関係ない(仮にDVがあったとしても、夫婦が別居して共同養育にすれば問題は解消されるのであり、いずれにせよ返還拒否事由になり得ない)。子どもに対する暴力のみが考慮される。
ハーグ条約の第13条の「返還することによって子が身体的若しくは精神的な害を受け、又は他の耐え難い状態に置かれることとなる重大な危険があること」という規定がそれである。
子が心身に害悪を受ける状況とは、たとえば児童虐待を受けている場合であり、耐え難い状態とは、たとえば元住んでいる国が戦争状態になっている場合などである。このように、ハーグ条約は明らかに子の利益が害されると認められる場合にのみ返還拒否を認めている。
しかし、日本はハーグ条約締結後、条約を実施するための国内法(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律)を作る際に細工をした。
なんと、ハーグ条約第13条がまったく想定していない「DV」を返還拒否事由に入れてしまったのだ。
芝池弁護士の説明のとおり、国内実施法第28条を見ると、ハーグ条約に基づく子の返還拒否を認める判断をするにあたり、「相手方及び子が常居所地国に入国した場合に相手方が申立人から子に心理的外傷を与えることとなる暴力等を受けるおそれの有無」を考慮するよう規定してある。
なぜ、DVが子どもの利益を侵害するのかといえば、DVを子どもの前でやることは子どもに「心理的外傷」を与えるので「児童虐待」に該当し、「子が心身に害悪を受ける」という理屈のようである(日本では、これを「面前DV」と呼んで児童虐待としており、児童虐待防止法にも規定されている)。
いずれにせよ重要なのは、「DVを受けるおそれの有無」を判断するのは「日本の」裁判所ということだ。では、日本のDV判断基準とはどのようなものか。
ここがヘンだよ、日本のDV
日本の政府広報によると、DV行為の例として「大声でどなる」「何を言っても長時間無視し続ける」などが挙げられている。
どういうことか。妻の浮気の証拠を見つけた夫が「大声で怒鳴った」らDVになり、子どもがその場にいたら「児童虐待」になる。また、夫婦喧嘩で両方が大声でどなりあっていた場合であっても、妻が子どもを連れ去り、DVを受けたと訴えて裁判所にかけこめば、裁判所は夫にDVがあったと事実認定し、連れ去りを容認する。これが日本の裁判所の運用である。
外国から実子誘拐をして帰国した日本人の親がDVを受けたと主張し、28条に基づいて返還拒否の申立てをすれば、日本の裁判所が日本のこのDV判断基準に基づき、返還拒否の是非を決められる。
しかも、28条を見れば明らかだが、暴力等を受ける「おそれ」があれば良い。「おそれ」という言葉は、どこまでも拡大解釈できるおそろしい言葉である。そして、その「おそれ」を判断するのも、日本の裁判官なのだ。
つまり、日本の裁判所の敷地内に一歩でも入れば、ハーグ条約などの国際的ルールは一切適用を受けないということになる。人権派弁護士らがやるいつもの「あくどい手口」に基づき、親に子を誘拐させ、でっちあげたDVの証拠を持って帰国させられれば、日本の裁判官が返還拒否を認めてくれる。
芝池弁護士はセミナーで、この28条の適用を受けるために、次のようにフランスにいる日本人に説明している。
「(DVの)きちんとした証拠を持って帰って来ることも大事です。たとえばフランスの病院に行って、きちんと診断書を書いてもらうとか、あるいはシェルターに入っていたならばシェルターの方に証明書を書いてもらうとか、警察に行ったならば警察に相談した履歴記録等を書いてもらうとか……そういった証拠をちゃんと持って帰るってことが必要です」
いくら日本の裁判官であっても、何も証拠がないのにDV認定するのは難しい。特に、ハーグ条約のケースは国際社会も見ている。なので、「それっぽい」証拠を持ってきてもらえると助かるのである。