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現場をゆく 門田隆将

拉致問題「正念場」で国民が示すもの

月刊Hanada2018年7月号』より

■なりふり構わぬ金正恩

すさまじい謀略と駆け引きがくり広げられている。2018年4月、そして5月は、あとから振り返っても、日本人拉致事件にとって歴史的な日々として記憶されるだろう。

いつ米軍による「斬首作戦」が決行されるのか、疑心暗鬼と恐怖に耐えきれなくなった金正恩・朝鮮労働党委員長が、今年に入って世界を驚かせる行動に出たことは周知の通りだ。平昌五輪に乗じて微笑み外交に出た金氏はその後、二度の訪中をやってのけるなど、習近平・中国国家主席にもひれ伏した。

南北会談と米朝会談という歴史的な会談を中国に相談も報告もすることなく進めた金氏は、いざ米朝会談が近づいてきたら、中国のうしろ盾がなければ、自分の命がいかに危ういかということに気づいたのである。

「私は情義の上でも道義の上でも、習近平総書記同志に対面して状況を報告すべきでした」

電撃訪中で習近平氏にそう謝罪した金氏は、習氏から「戦略的意思疎通」の重要性を説かれ、その言葉を必死にメモする姿まで中国のテレビに報道されてしまった。そのわずか6週間後には、大連に飛んで再び習氏に面会し、「戦略的意思疎通のために参りました」と語ったことも報じられた。

たとえ米朝首脳会談が不調に終わっても、斬首作戦の発動だけは避けたい金氏のなりふり構わぬ行動だ。長く中国とのパイプ役を務めた叔父・張成沢を処刑し、昨年9月にはBRICs首脳会議開幕日に合わせて過去最大の核実験を強行して習氏の面子をつぶした金氏の豹変ぶりに専門家は驚いた。国際社会の制裁を受けても、崖っぷちで狂ったように弾道ミサイル発射をくり返した昨年からは信じられない戦略変更だった。

■「全拉致被害者の即時一括帰国を!」

そんな中で4月22日、今年も政府に全拉致被害者救出を求める「国民大集会」が平河町の砂防会館別館大ホールで開かれた。

「私たちは昨年9月、台風が吹き荒れる中でこの国民大集会を開きました。当時は核やミサイル問題が大変深刻な状況の中で、私たちが心配したのは、拉致救出の旗がその嵐の中で吹き飛ばされるのではないかということでした。しかし、千人もの皆様方が集ってくださり、そんなことは許さないという国民の意気込みを示しました。半年経って今、拉致被害者をようやく取り戻すことができる可能性が出てきたのです」

司会の櫻井よしこ氏のそんな力強い言葉と共に始まった集会で、安倍晋三首相がスピーチに立った。

「2002年に5名の拉致被害者が帰国して以来、15年以上、1人の拉致被害者の帰国も実現しておりません。痛恨の極みであります。拉致問題は安倍内閣の最重要・最優先の課題です。拉致問題は安倍内閣において解決をする。拉致被害者の方々がご家族の皆様と抱き合う日がやってくるまで、私たちの使命は終わりません」

参加者の執念と意欲と願望が混然と溶け合い、異様な空間をつくり上げていた集会で首相がそう宣言した時、詰めかけていた千人を超える人々から万雷の拍手が湧き起こった。

私は、同じ時期に盛んに北朝鮮が流している情報を考えながら、特別な感情に包まれていた。それは、「北が拉致被害者3名を帰すことを水面下で打診してきた」「いや、5名だ」という情報である。いずれも、日本がそれで「どう出るのか」という反応を見るために北朝鮮の関係者から盛んに流されていた揺さぶりにほかならない。

不幸なことに、日本のマスコミと野党は、国民の命よりも、本筋からかけ離れたモリカケ問題を証拠もないまま「安倍政権打倒」に結びつけ、金氏が泣いて喜ぶようなその「目標」に向かって突き進んでいた。「ひょっとしたら安倍政権が倒れるかもしれない」という「希望的観測」をもとに、この時期、北はそんな謀略情報を流していた。しかし、その北の思惑を吹き飛ばす国民の意志を示したのが、この国民大集会だった。

西岡力・救う会会長はこう語った。

「全拉致被害者の即時一括帰国、そして検証可能で不可逆的な核の完全廃棄、この2つが完全に成し遂げられないかぎり、日本国民の怒りが解けないことを北朝鮮にわからせなければならない。何もしなければ勝てないのです。自信を持ってこの数カ月の勝負に挑もうではありませんか。必ず道は開けます。頑張りましょう」

それは、国民が一致団結して初めて悲願が成し遂げられることを知る西岡氏らしいスピーチだった。日本は、マスコミや野党など、敵国を利するために動く「内なる敵」が多い。しかし、北に足元を見られて「全拉致被害者の即時一括帰国」が揺らいではならない。

国民が一丸となって金正恩と対峙しなければ、拉致被害者と家族が抱き合う日は「永久に訪れない」のである。

 

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著者略歴

  1. 門田隆将

    ノンフィクション作家 1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒業後、新潮社に入社。週刊新潮編集部に配属され、記者、デスク、次長、副部長を経て、2008年4月に独立。週刊新潮時代は、特集班デスクとして18年間にわたり、800本近い特集記事を執筆。後世に残したい「素晴らしい日本人」をテーマに描く。著書多数。近著に『奇跡の歌~戦争と望郷とペギー葉山~』(小学館)、『汝、ふたつの故国に殉ず―台湾で「英雄」となったある日本人の物語』(角川書店)。オフィシャルサイト→http://www.kadotaryusho.com

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