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現場をゆく 門田隆将

ベトナム「残留日本兵家族」が教えてくれるもの

月刊Hanada2018年6月号より掲載

■「ベトナム残留日本兵」を知っていますか

昨年3月、天皇・皇后両陛下がベトナム訪問の際、クローズアップされた存在をご存じだろうか。先の大戦で当地に残留した日本兵たちが残した家族のことである。

ベトナムが、宗主国フランスから独立する戦争に参加した元日本兵は700人を超える。彼らは、激しい戦闘に身を投じてベトナム独立を成し遂げ、「新ベトナム人」という戸籍も与えられて妻を娶り、子を成した。だが、激変する国際情勢下で、元日本兵は残留を許されなくなり、家族と引き裂かれて日本へ帰国する。残された妻や子供は、塗炭の苦しみを味わいながら、風雪に耐えて生きた。

ベトナム人は家族を大切にし、信仰心も篤い。また、父方の家系を「内族」、母方の家系を「外族」と呼ぶように、完全な“父系社会”でもある。父親が日本人なら、その子は、あくまで日本人たる父親の系統に入るのである。しかし、共産勢力と資本主義陣営が争ったベトナム戦争は、遠く離れた父との連絡手段も奪い、いたずらに「時」が過ぎ去るのである。

そんな苦難の道を歩んだ元日本兵のベトナム人家族を呼んで、両陛下が労いの言葉をかけられたことから、一般の人々の関心も呼ぶようになった。私は、さる4月15日午前0時から放映されたNHK・BS1の『遥かなる父の国へ ベトナム残留日本兵 家族の旅』というドキュメンタリーを興味深く観させてもらった。両陛下訪問の7カ月後の昨年10月、そのベトナム人家族たちが日本を訪れた「7日間」に同行した番組である。


■壮絶なシーン

70歳を超える高齢となったベトナムの子供たちは、日本訪問にあたって、幼いときに別れた、あるいは、母のお腹の中にいたときに別れた父親への熱い思いを語る。父の所在がわからず、連絡のとりようもない例も、あるいは、ベトナム戦争終結後、連絡手段が復活した途端に次々と温かい手紙が父親から送られてきた例など、いずれも心を打つ事実が紹介されていく。なかでも余命いくばくもない93歳の母親・グエンさんの代わりに3人の子供たちが日本へ赴くグエン家の話に、私は目を吸い寄せられた。

2006年に、父は日本の家族と共にベトナムを訪れ、実に52年ぶりの再会を果たしていた。ベトナムに残した妻子と、日本に帰国してからできた新しい家族。どちらも大切にしたい老父の心を思いやって、日本の娘である和子さん(現在61歳)が、父を連れてベトナムを訪れたのだ。ベトナムの家族の感激と、顔をくしゃくしゃにして喜ぶ父。しかし、その父も、6年前に他界する。

ベトナムの3人の子供は、父が亡くなったことをグエンさんに隠した。衰弱した母に父の死を告げたら、ショックでそのまま母が逝くのではないかと懸念したのである。そして重病の母を病院において、2017年10月、3人の子供は訪問団として日本にやってくる。  日本の娘・和子さんは分骨した父の遺骨を抱いて3人を迎えた。ベトナムの子供たちが、「あなただけに亡き父の面倒を任せてしまい、私たちは何もできませんでした。本当に申し訳ありませんでした。私たちは、そのことを悔いています」 と、泣きながら父の遺骨を抱く場面は切ない。

帰国後、病院で寝たきりのグエンさんに、父の死と遺骨を持ち帰ったことを告げる子供たち。「いつ死んだのか」と、声にならない声で聞く母。しかし6年前に、すでに父が死んでいたことを、子供たちは伝えられない。壮絶なシーンである。

■国境を超えた肉親の「情」

4日後、父の法要がおこなわれる。子供3人、孫10人、曾孫20人となっている一家が全員集まって、一族の長である父の葬儀が営まれたのだ。参列者が驚いたのは、遺骨が置かれた大きな仏壇の横に、重病のグエンさんが「いた」ことである。

「夫の法要は妻の務め。母は、それを果たそうとしたのです。母はベッドを叩いて、病院を説き伏せ、法要に出てきたのです」

子供たちはそう説明する。今にもこと切れそうなグエンさんは、12年前の再会のときに夫からもらったハンカチを枕にかけ、それを愛おしそうに撫でながら、こう語る。

「夫はとても優しい人でした。私は、日本とベトナムが一緒になって平和を守ることを望みます。戦争は無意味で、悲劇を残すだけです。平和が一番です」と。

妻の務めを毅然と果たしたグエンさんは、間もなく帰らぬ人となる。国境を越えた肉親の「情」とは何か。離ればなれになった夫婦や親子の「絆」とは何か──そんなことをしみじみ考えさせてくれる一家の物語だった。

アジアには、日本と日本人を尊重し、愛してくれるこのベトナムや、台湾のような国々もある。今後の日本が真心をもって何を大切にしていかなければならないのか。そのことを静かに教えてくれる貴重な番組だった。

 

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著者略歴

  1. 門田隆将

    ノンフィクション作家 1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒業後、新潮社に入社。週刊新潮編集部に配属され、記者、デスク、次長、副部長を経て、2008年4月に独立。週刊新潮時代は、特集班デスクとして18年間にわたり、800本近い特集記事を執筆。後世に残したい「素晴らしい日本人」をテーマに描く。著書多数。近著に『奇跡の歌~戦争と望郷とペギー葉山~』(小学館)、『汝、ふたつの故国に殉ず―台湾で「英雄」となったある日本人の物語』(角川書店)。オフィシャルサイト→http://www.kadotaryusho.com

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