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瀬戸内みなみの「猫は友だち」

「猫にやさしい島」、男木島の猫たち

■全国でも指折りの有名「猫島」

「猫島」と呼ばれ、人口よりも猫の数のほうが多いといわれていた香川県・男木島で、その猫全頭に対して一斉にTNRが実施されたのはちょうど2年前。平成28年6月から9月にかけてだった。ニュースでそれを知った私は、遅れをとってはならじとあわてて取材に行ったものである。

なにしろ男木島はさらにその4年前、NHKの動物番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」で紹介されて以来人気が急上昇し、全国でも指折りの有名「猫島」となっていたからだ。当時の住民は200人くらい、猫の数は約150。人より多いわけではなかったが、せまい集落では結構な密度だ。

TNRとは、飼い主のいない猫を捕獲(Trap)して不妊去勢手術を施し(Neuter)、元いた場所に戻す(Return)こと。ノラ猫を捕まえて殺処分するのではなく、世話をして見守りながら地域の住環境を良くしていこうという「地域猫活動」においては基本的な考え方とされている。

最大の目的は望まれない子猫が生まれることを防いで、将来的に生息数を減らしていくことだ。猫にとっては発情期のストレスから解放されるので、けたたましくサカリ声を上げたり、ケンカをして怪我をしたりすることもなくなるし、縄張りを主張するためのオシッコ=マーキングもしなくなる。人間にとっては、騒音や糞尿に悩まされることなく、屋根の上でよく太った猫がのんびり昼寝をしているという平和な光景だけが楽しめるという、いいとこ取りの方法なのだ。

の、はずだったのだが……。人間というのはどこまでも自分勝手で、欲深いものである。 

■ネットで広がった「デマ」

「TNRの手術のせいで感染症が蔓延して、男木島の猫が激減した」という話が、今ごろになってネットに流れていると知って私はビックリ仰天した。知り合いが教えてくれたのだが、もちろん完璧なるデマ、デタラメだ。

当時、手術や捕獲にあたったのは経験豊富なベテラン獣医師数名と、猫の保護に関して長年ノウハウを蓄積してきたたくさんのボランティア・スタッフで、何か間違いがあればすぐに気づいたはずである。2年も経って急に感染症が出るはずがない。しかも具体的な病名のひとつも挙げられていないのはおかしい。

それでも、

「ホントなのかな?」

と不安そうにいう彼女を見て、私は改めてネット言論の無責任さに唖然とした。そういえば最近出たガイドブックに、

「男木島の猫の数:30匹くらい」

とあるのも不思議だなあと思っていたところだった。というわけで私はまた男木島に行ってみたのである。

猫は観光客のためにいるのではない。多すぎる猫に対して住民の苦情が出て、TNRをしたのだから、数が減って当然なのだ。ただ30ということはないだろうと思っていたところ、 

「100匹近くはおるよ」

と聞いて、ひとまず安心。さらに、

「感染症? なんやその話。知らんなあ」

といわれてホッとする。些細なウソやウワサがきっかけで、「住民が猫を虐待している」などとすぐに大炎上するご時世である。そこまでの大事にはいたっていないようだ。

■観光客の「期待」と「不満」

かつて私が初めてこの島に足を踏み入れたとき、それはそれは感動した。あっちからもこっちからも猫たちが、次々に私に向かって走ってきてくれたからである。まだTNR前のことだ。

「やったあ♡」

と私は内心、ハートマーク付きで快哉を上げた。なんてかわいい、ひと懐っこい猫たちなのだ。こうして波のように押し寄せる猫の大群を撮影した写真は、今でもネット上のあちこちで見ることができる。写真の通りだー、と私は喜んだのだ。

けれども本当は、喜んではいけなかったらしい。猫たちが寄ってくるのは、観光客がキャットフードを持っていると学習したから。つまり彼らは年がら年中お腹を空かせていたのである。実際、男木島の観光関係者には、

「猫たちがみんな痩せていてかわいそうだ」「病気や怪我をしている猫がたくさんいる」

という苦情が多数寄せられていたという。

TNRをきっかけに、男木島で猫の面倒を見ていたひとたちはキャットフードを十分に与えるようになった。日常に満足しきった猫はどうするか。物かげに隠れて寝てばかりいるようになったのだ。

これぞ人間が思い描く、猫本来の姿ではないかといえばそうかもしれない。でもコトはそれでは済まなかった。写真のような猫まみれの光景を求めてやって来る観光客の、不満が噴出し始めたのである。

■一喜一憂するのは部外者だけ

「男木島にはもう猫がいない」……今度はこんな話がネットを駆け巡り始めた。感染症のデマもこの流れで生まれたものと思われる。姿を見せなければ、数が少なくなったようにも見えるだろう。

もともと口コミで人気が広まった島だから、逆の効果もすぐに表れたらしい。それまで週末や連休ともなれば、定員250人の定期連絡船に積み残しが出るほどギュウギュウに乗って観光客がやってきていたのに、それが目に見えて減った。今年のゴールデンウィークもかつての勢いがまったく無かったという。

「困ったねえ。やっぱり、お客さんには猫を見て喜んで欲しいんや。なんとかならんかねえ」

ある飲食店関係者がこぼしていた。

だが実は、島でこうした危機感を持つひとはごくわずかだ。数年前にくらべ、来訪者がゆっくり休憩することのできる飲食店の数は格段に増えているのに、「猫が減って困る」という住民はほとんどいないのが現実なのである。なぜか。ほとんどのひとはそもそも、猫に関心がないからである。

考えてみればどこのご町内でも猫を好きなひとはほんの一部で、あとはなんの興味も持っていないひとたちという構成になっているはずだ。猫はどちらかというとうるさくてクサい動物として、疎まれることが多い。男木島でも同じなのだ。

もともとお年寄りばかりでのんびり暮らしていた島だから、目の色を変えて商売しているわけでもない。猫のおかげで観光客が増えたことは確かだが、

「なんであんなもの、わざわざ見に来るんやろ」

と不思議がっていたくらいだ。

猫が増えても減っても、それで騒いでいるのは結局、島とはなんの関係もないひとたちばかりなのである。

■これぞ本当の「猫の楽園」

徹底してTNRをすれば、その地域の猫は3年で半減するといわれているそうだ。2年で150匹から100匹弱になったなら、そんなものだろう。ちなみにこの100弱という数字、ざっと数えてみても、また島で消費されるキャットフードの総量から逆算してもそれくらいになるという。 

男木島は本当に小さな島だ。そして猫たちはまだここでたくさん暮らしている。だからのんびり散歩をしていれば、必ず彼らに会うことができる。

古い伝説の残る井戸の前。うねうねと続く細い坂道の途中。海と空の輝く青さを同時に楽しむことのできる、神社の鳥居の下。思う存分昼寝をし、それに飽きたら草むらでトカゲをとったり、蝶を追いかけたりしている猫たち。

交通事故の心配もせずにゆっくり道路を横切る猫というのも、都会では見ることができなくなった。見知らぬひとに媚びをうることはもうないかもしれないが、そうしなくても生きていける猫の姿を、豊かな自然のなかで眺めることができるのだ。大いなる眼福ではないか。これぞ猫の楽園。猫にやさしい、純朴な島の暮らし。

部外者ならそれで十分、満足できるはずだ。

 

瀬戸内みなみさん「わが人生に悔いなし」を月刊『Hanada』にて連載中!

10月号のゲストはちばてつやさん! ぜひお読みください。

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著者略歴

  1. 瀬戸内みなみ

    作家 広島県生まれ。上智大学文学部卒業。会社勤務などを経て、小説、ノンフィクションなどを手掛けている。テーマは猫と旅と日本酒。著書に『にっぽん猫島紀行』(イースト新書)。月刊『Hanada』で「わが人生に悔いなし」を、月刊『ねこ新聞』(http://www.nekoshinbun.com)で猫エッセイを連載中。

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