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山際澄夫の「左折禁止!」

米朝会談が日本に突き付けたもの

月刊Hanada2018年8月号』より

■米朝会談の「たちの悪い冗談」

トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩がシンガポールで演じた首脳会談の結果は、失望でしかなかった。両首脳はテレビカメラの前で何度も固く握手し、それぞれが相手の背中に手まで回して、戦争が回避されて平和が実現されたかの如く振る舞ったが、会談の目的である北朝鮮の核、ミサイルの廃棄について、具体的な成果はまったくなかったからである。

金正恩は共同声明で、〈朝鮮半島の非核化を完結する揺るぎない約束を再確認した〉。これだけを見れば非核化に前進があったかのようだが、それは錯覚だ。過去、四半世紀、核開発はしないとの国際社会との誓約をその都度反故にして核開発を続け、ついに核兵器とICBMまで手にしたのが北朝鮮である。

具体的な期限も区切らず、対象も明らかにしないような共同声明に意味などない。

米国自身が繰り返し強調してきた、「完全かつ検証可能で不可逆な核廃棄」(CVID)も確認されることはなかった。その代わりにトランプ氏が認めたのは、「段階的」「同時並行的」な朝鮮半島からの核廃棄という。そればかりか、トランプ氏は、米韓合同軍事演習の中止に理解を示し、〈北朝鮮に安全の保証を与える〉ことまでした。

安全の保証とは文字どおり、金正恩独裁体制の安全を米国が保証するということを意味する。これによって、金正恩を狙った斬首作戦などは困難になるかもしれない。人民を強制収容所に捕らえて飢えさせ、兄や叔父まで粛正する、そして日本人拉致被害者をいまも帰国させない、そんな残忍な独裁者の安全を、自由世界の盟主を自任する米国が保証する。性質の悪い冗談にしか思えない。

トランプ氏は会談にあたって、金正恩と「本物のディール(取引)」をすると語っていたが、ディールどころか、これまでの強硬姿勢を一変させて、北朝鮮の主張をほぼ丸呑みしたのが、この見るも無残な政治劇である。

しかもトランプ氏は会談後、インターネットにこうツイートした。

「北朝鮮の非核化に大きな進展があった。戦争は誰でも始められるが、平和を作るのは最も勇気のある人たちだけだ」

「核の脅威はもうなくなった」

ここまでくると、その現実離れした政治感覚に戦慄せざるを得ない。

■トランプの胸中は「中間選挙」ばかり

ワシントンポスト紙は〈大統領が独裁者にへつらった〉と題した記事で、〈トランプ大統領は、その本質よりも首脳会談の見せ方に腐心している。曖昧な約束を非核化の証拠として売りつけようとするだろう〉との専門家の見解を掲載したが、そのとおりだ。

何が、ビジネスマン出身で「米国第一」を掲げる大統領を、目を背けたくなるような政治劇に駆り立てたのか。よく言われるように、大統領の脳裏にあったのが、今年11月の米国の中間選挙での勝利であっても不思議でない。それでなくても、人気のない大統領は起死回生の挽回策を迫られていたのである。

国内政治に外交を利用するのは、どこの国でも決して珍しくない。ことに大衆民主主義の米国はそうだ。だが、核の脅威を曖昧にしたまま悪魔と手を握るのは米国民への裏切りであり、同盟国への背信行為でもある。安倍首相は「金委員長が朝鮮半島の完全な非核化について、明確な約束をした意義は大きい」と語ったが、本当は梯子を外された思いだろう。

返す返す悔やまれるのは、トランプ氏が北朝鮮への制裁強化の流れをぶち壊してしまったことだ。まだ、経済制裁を撤廃するとは言ってないが、中国、韓国、ロシアなどが、制裁緩和の動きを強めるのは必至だろう。

拉致事件も、前進らしい前進はなかった。トランプ氏は会談で取り上げたというが、共同声明にも盛り込まれることはなく、北朝鮮の発表にも入っていない。

ただし、経済援助が欲しいなら日本と会談したほうがいいというトランプ氏の呼び掛けに対して、金正恩は否定しなかったという。このため、安倍首相は日朝首脳会談実現を探ることになった。だが、相手は日本の足元を見て「会談してやるよ」と傲然と構えているということだろう。

大統領の豹変によって、日本も戦略の見直しを迫られることになった。だが、不幸中の幸いというべきか、ひとつだけはっきりしたことがある。それは、国防も外交も米国に丸投げではいけないということだ。

米国との連携は引き続き大事だが、自分の国は自分で守る覚悟を持つことはもっと重要だ。憲法改正も自衛のための核武装の検討も、その観点から行うべきだ。日本の平和と安全を守るために日本の国のあり様を変える、いまがその時だ。

 

 

山際澄夫さんが連載中!

月刊Hanada2018年9月号』は7月26日発売です。

 

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著者略歴

  1. 山際澄夫

    ジャーナリスト 1950年、山口県下関市生まれ。産経新聞政治部で首相官邸キャップ、外務省キャップなど歴任。その後、ニューヨーク支局長、外信部次長などを経て退社。著書に『これでも朝日新聞を読みますか?』『すべては朝日新聞から始まった「慰安婦問題」』など多数。月刊『Hanada』で「左折禁止!」連載中。

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